No.23/終末期医療の現場において延命措置等の方針決定を行う際に、どのような点に気を付けるべきか

No.23/2021.2.1発行
弁護士 永岡 亜也子

今回は、終末期医療の現場において延命措置等の方針決定を行う際の、医師の注意義務の内容について判示した裁判例として、東京地方裁判所平成28年11月17日判決をご紹介したいと思います。

1.事案の概要(東京地方裁判所平成28年11月17日判決)

6月18日、Aさんは、自宅で発作を起こして倒れ、被告病院に緊急入院し、発症後24時間以内の脳梗塞(脳血栓症)と診断されました。Aさんには3人の子ども(長男、長女、二女)がいましたが、Aさんは長らく長男と同居しており、その介護も長男が担っていました。そこで、被告病院医師は、Aさんの3人の子どもの中から、長男をキーパーソンとして認識しました。6月29日、被告病院医師は、3人の子どもに長男の妻を加えた4人に対し、Aさんの病状説明等を行いました。その時点で、Aさんには経鼻経管栄養の措置がとられていました。8月16日には経鼻酸素吸入の措置がとられましたが、8月21日には再び、経鼻経管栄養の措置に戻りました。9月3日、被告病院医師は、経鼻酸素吸入は当直時間帯を除いて行わず、心停止に陥っても心肺蘇生は行わないことを決定しました。9月8日、Aさんは敗血症及び急性腎不全により死亡しました。 被告病院医師は、キーパーソンである長男の意見を基に、延命治療を実施しないことを決定したのですが、これに対して長女が、被告病院医師が十分な意思確認をせずに延命措置を実施しなかったなどと主張して、被告病院に対して債務不履行に基づく損害賠償を請求しました。

2.裁判所の判断

(1)終末期医療について

厚生労働省が平成19年5月に策定した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」では、終末期医療及びケアの方針決定について、①患者の意思の確認ができる場合には、専門的な医学的検討を踏まえたうえでインフォームド・コンセントに基づく患者の意思決定を基本とし、②患者の意思の確認ができない場合には、㋐家族が患者の意思を推定できるときはその推定意思を尊重し、患者にとっての最善の治療方針を採ることを基本とし、㋑家族が患者の意思を推定できないときは患者にとって何が最善であるかについて家族と十分に話し合い、患者にとっての最善の治療方針を採ることを基本とし、㋒家族がいないか又は家族が判断を医療・ケアチームに委ねるときは患者にとっての最善の治療方針を採ることを基本とすることとされている。また、医療・ケアチームの中で病態等により医療内容の決定が困難な場合、患者や家族と医療従事者との話し合いの中で妥当で適切な医療内容についての合意が得られない場合及び家族の中で意見がまとまらない場合には、複数の専門家からなる委員会を別途設置し、治療方針等についての検討及び助言を行うことが必要であるとされている。

(2)延命措置の拒否及び不実施について

ⅰ) 長女は被告病院がAに対して延命措置について十分に説明した上で意思確認をすべき注意義務又は長女を含むAの家族との間で十分に話し合ってAにとって最善の治療方針を決定すべき注意義務を負っていたにもかかわらずこれを怠ったと主張し…ている…。

ⅱ) …本件ガイドラインによれば、医師は、終末期医療の方針決定において、患者の意思が確認できる場合には患者の意思決定を基本とし、患者の意思が確認できない場合には家族から患者の推定される意思を聴き取り又は家族と十分に話し合うなどして、患者にとっての最善の治療方針を探ることを基本とすることとされている。本件ガイドラインは法規範性を有するものではないが、終末期医療の方針決定における医師の注意義務を検討する上では参考となるものである…。

ⅲ) まず、被告病院医師がAの意思を確認できたとすれば、被告病院はAの意思を確認すべきであったとする余地があるが、…Aは6月18日に被告病院に入院してから常に意識障害が続いており、…Aが延命措置について自ら意思決定をすることは困難であったと認められる。したがって、被告病院医師がAの意思を確認できたと認めることはできず、被告病院がAに対して延命措置について十分に説明した上で意思確認をすべき注意義務を負っていたと認めることはできない。

ⅳ) 次に、被告病院医師がAの意思を確認できなかったとしても、Aの家族からの聴き取りや話し合いが十分であったかが問題となるが、…被告病院医師は、Aの終末期医療の方針決定において、長男をAの家族の中のキーパーソンであると認識し、長男の意見を参考にした上で、…Aについて、経鼻酸素吸入は当直時間帯を除いて行わず、心停止に陥っても心肺蘇生は行わないことを決定しているところ、医師が患者の家族の全員に対して個別に連絡を取ることが困難な場合もあり、また、延命措置には費用や介護の分担など家族の間で話し合って決めるべき事柄も伴うことからすれば、上記のようにキーパーソンを通じて患者の家族の意見を集約するという方法が不合理であるとは認められず、そのような方法を採ることも医師の裁量の範囲内にあると解される。なお、キーパーソン以外の家族がキーパーソンと異なる意見を持っており、そのことを医師において認識し得た場合には、その者からも個別に意見を聴くことが望ましいといえるが、…本件においては、長女が被告病院医師や長男に対し延命措置について何らかの具体的な意見を述べた事実は認められないから、被告病院医師がキーパーソンである長男から延命措置に関する家族の考え方を聴取した当時、長女がキーパーソンである長男と異なる意見を持っており、被告病院医師においてそのことを認識し得たとは認められない。したがって、被告病院が、長女を含むAの家族との間で十分に話し合ってAにとって最善の治療方針を決定すべき注意義務に違反したと認めることはできない。

3.まとめ

本件事案において、裁判所は、上記2記載のとおりの判断を示して、医師の注意義務違反を否定しました。 裁判所の判断は、厚生労働省が策定した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を参考にしたうえで、具体的な意思確認の方法等については、それが不合理なものでない限り、医師の裁量を尊重するという考え方に立つものであり、常識的な判断であろうと思われます。 なお、「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」は、平成27年3月に、「人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン」に名称変更されたのち、平成30年3月に、アドバンス・ケア・プラニング(ACP)の考え方を踏まえた「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」へと改訂されています。基本的な方針は変わっていませんが、解釈の追加等がなされている部分もありますので、注意が必要です。 終末期医療の現場で働く医師・看護師らは、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の内容をしっかりと理解して、これに従った対応等を行うべきことはもちろんですが、日頃から、‟患者家族の関係性”や‟キーパーソンとなるべき人物の判断”に資する十分な情報を収集しておくこともまた重要です。そして、その関係性や意向、発言内容・状況等については、できる限り診療記録・看護記録に残しておくなどの工夫をしておくことが大切であり、医師・看護師らは、常にそのことを心がけておく必要があります。