No.20/ペイシェントハラスメントへの対処法(その3)-その理論と実践-

No.20/2021.1.15発行
弁護士 福﨑 博孝

(2)何がハラスメントなのか(ハラスメントの違法性)

ア  ハラスメントとは(一般論)

ハラスメントとは「いじめ、嫌がらせ」のことを意味し、行為者本人の意識(故意)の有無には関係なく、「相手を不快にさせたり、尊厳を傷つける(傷つけられたと感じさせる)発言や行動をとったり、不利益を与えたり、脅威を与えること」を指します。もちろん果ては暴力・傷害・脅迫などの犯罪行為に行き着くこともあり、ハラスメントが暴言・暴力までも含めた意味で使われています。

イ  ハラスメントの分類

ハラスメントには様々のものがあり、一説には35種類、他説では45種類などといわれており、ネット上に溢れています。その中で、いま一般的に問題とされるハラスメントといえば、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、ドクターハラスメント、ジェンダーハラスメント、パタニティハラスメント、モラルハラスメント等があります。そして、ペイシェントハラスメント(以下「ペイハラ」)も、「ハラスメント」の一つとして分類されています。ペイハラは一般的には、上記ドクターハラスメント(ドクハラ)の逆のパターンであり、「患者家族が医療者に対し、正当な医療行為を妨害する暴言・暴力、いじめ・嫌がらせなどの行為をすること」を指します。

ウ  パワハラがハラスメントの基本形態

ところで、これらハラスメントでは、様々な人間関係における「上下関係の中での権力や力(パワー)の格差(優位性)」がその前提となります。そして、多くのハラスメントの中でもパワーハラスメントが「形態的な基本」であり、その考え方をもって他のハラスメントにも対処することが可能です。いずれにしても、パワハラは「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」とされていますので、「関係の優位性」が前提となります。なお、ペイハラにおける医療者と患者家族との関係も、本来は専門性という観点からの上下関係(患者家族は医療者の指示に従うという上下関係)が存在するはずですが、その関係性が逆転しているといえます。

エ  パワハラ防止法とペイシェントハラスメント(ペイハラ)

2019年5月29日に成立したパワハラ防止法(労働施策総合推進法)について、厚生労働省は2020年1月15日「パワハラ指針」を告示しています。そのパワハラ指針において、「事業主は、顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、強迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)によりその雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、雇用管理上、①相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備を行い、②被害者への配慮のための取組を行うことが望ましい。また、③顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組みを行うことも、その雇用する労働者が被害を受けることを防止するうえで有効と考えられる」としています。すなわち、このパワハラ指針では、「“顧客等”からの暴行、強迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等」もパワハラとしているのです。これらは、いわゆる「カスタマーハラスメント」(いわゆる「カスハラ」)に対する対応を事業者に求めているものなのですが、このことは病院でも同じです。上記「顧客等」には、当然、「患者家族」も含まれるのであり、患者家族の医療者に対するペイハラに対しても上記①②③などを事業者(医療機関)に求めているといえます。

オ  パワハラの違法性からペイハラの違法性を考える

ところで、パワハラ防止法では、パワハラの行動類型として、①暴行・傷害(身体的な攻撃)、②脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)、③隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)、④業務上明らかに不当なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)、⑤業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)、⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)の6つを挙げています。そして、ここでいう6つの行動類型は、わが国の法秩序が許容しないパワハラの行動類型であり、いずれも違法ということができます。 これらの考え方を前提にする限り、ペイハラにおいても、医療者に対する患者家族の言動が、上記の①暴行・傷害(身体的な攻撃)、②脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)に該当する場合には、当然それは「違法」ということになります。また実際に、臨床現場でのペイハラでも①(❶暴行・傷害〔身体的な攻撃〕)や②(❷脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言〔精神的な攻撃〕)の事態が多くみられます。しかし、その他のもの(③~⑥)については、ペイハラにおいて直截的に、このような事態が起きるということはほとんどないと思われます。むしろ、ペイハラ患者家族によるペイハラにおいては、❸(医療者に対する)質問についての執拗かつ辛辣な応対要求、❹(それに関する)執拗なまでの付きまとい、❺(医療行為に対する)執拗かつ辛辣な批難や批判と責任追及、❻(これらの過程における)診療上の指示・指導の受入れ拒否や無視などが多くみられ、その言動は違法なものといわざるを得ません。そしてそのことが、当該病院に対する❼業務妨害につながることが多くなっているのです。すなわち、威力業務妨害とは威力を用いて人の業務を妨害する行為(犯罪-刑法233条、234条)であり、当該病院を困らせているペイハラ患者家族の言動は「威力を用いた業務妨害」に該当する場合も多いと思われます。また、状況によっては、「❽住居侵入罪・不退去罪」(刑法130条)に該当することも考えられます。いずれにしても、ペイハラ患者家族がこれらの犯罪に該当する行為を行えば、それだけで「違法」と判断されることになり、ペイハラ患者家族が医療者に又は病院に対し損害賠償責任を負うことになります。

カ  医療者の指示に従うべき患者家族の義務

そもそも、診療契約はいわゆる双務契約であり、医療者側の患者に対する「診療義務」のみではなく、患者側に対しても「医療者の診療に協力義務」が課されています。つまり、診療契約では、医療側に「最善の医療行為を患者に施行する義務がある」一方で、患者側にも「当該医療行為に協力する義務がある」のです。また、患者家族は、当該病院に通院や入院を許された以上、その際の当該病院の施設管理権に従うことを約束している(病院の施設管理権に従う義務)といえます。以上のことからすれば、医療行為を施行する病院内において、患者家族は、①“診療契約”に基づき、又は、②“施設管理権”に基づいて、当該医療者側の指示や指導に従わなければならないということになります。すなわち、これらの患者家族の立場からすれば、上記❶~❽に類する言動が許されないのは当然のことといえます。

(3)ペイシェントハラスメントのタイプ

ア  ペイシェントハラスメントの2つのタイプと3つの区分

いままで「モンスターペイシェント」と呼ばれた患者家族をみると、いわば「(後天的な)育てられたペイハラ患者家族」と、「(生来的な)不可逆的なペイハラ患者家族」の2つに分けられます。「育てられたペイハラ患者家族」とは、医療側の診療過程における大小のミス、不十分なインフォームド・コンセント(以下「IC」)、コミュニケーションの欠如、事後的な説明不足等によって徐々に医療側に不都合な存在となっていった患者家族のことです。一方、「不可逆的ペイハラ患者家族」とは、①パーソナリティー障害などメンタルヘルス的問題を抱えた患者家族、②反社会的な性格の患者家族などを意味します。

イ  育てられたペイハラ患者家族とインフォームド・コンセント

しかしその多くは、ごく普通の患者家族が些細な医療者との意思疎通の手違いのために小さな不満が蓄積してモンスター化してしまった「育てられたペイハラ患者家族」なのです。育てられたペイハラ患者家族との信頼関係の破綻原因は多くは、意思疎通の欠如にあり、コミュニケーションが不足し、医療者側による十分なICが実践されてこなかった結果ということが多いようです。したがって、そのことを検証し、再度その患者家族との間の信頼関係を再構築することが医療者側に求められます。