No.181/(医療現場でのペイシェントハラスメントに対する) ‶ネガティブ・ケイパビリティ″という考え方と、その必要性
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No.181/2025.12.1発行
弁護士 福﨑博孝
(医療現場でのペイシェントハラスメントに対する)
‶ネガティブ・ケイパビリティ″という考え方と、その必要性
(はじめに)
私は、自ら執筆し令和5年8月に出版した著書(「医療事故・ペイシェントハラスメント紛争予防・解決の実践的手法」-日本法令-)に、「ペイシェントハラスメント(以下「ペイハラ」)対策に正解・正答はない」、「ペイハラ担当者に結果責任を問うことはできない」、「放置という対応(何らの対応もしないこと)もやむを得ない場合がある」等と書いた。そしてこれは、私の経験に基づくものとして記載したが、明確なその当時の論拠があったわけではない(明確な論拠があったわけではないが、何とはない経験上の自信はあった)。
しかも、この点については、ここ数年間での、いくつかの講演先での、幾人かの看護師さんから、「この言葉を聴いて安心しました」、「解決という結果ばかりを追い求める必要はないのですね。ホッとしました」、「うまく患者さんを説得できなくても、それは誰にでもあり得ることなのですね」等という感想をいただいた。やはり、ペイハラ最前線の看護師など病院職員は、ペイハラ患者・家族を何とかしなければならない(良い‶解決結果″を出さなければならない)という精神的負担を負わされているのである。 ペイハラ患者・家族の性格は千差万別であり、特定の正しいやり方ですべてが解決できるというものではない。ペイハラ担当職員などの病院職員は、その一つひとつの事案に‶手を変え品を変えて対応していく″必要があり、行き詰った時には立ち止まらざるを得ないこととなる。そして、積極的な対応をせずに次の展開を沈思黙考する必要もある。しかしその一方で、その間、ペイハラ患者・家族に対して‶他の患者と同じような公平な医療ケアを続けなければならない″。また、ペイハラ患者・家族が癇癪を起しハラスメントに走るようならば、それに対しては病院としてその是正勧告や退院・退去勧告又は警告などを行い、その言動についてペナルティを課すことも必要になる。つまり、このようなペイハラ患者・家族の言動に対しては、病院として毅然とした対応をとる必要があり、そのような状況をしばらくの間続けざるを得ないが、病院職員は、その間、そのストレスの渦中に置かれることになる。そして、そのストレスの渦中に置かれた病院職員は、‶心の平衡(精神のバランス)を保つ″必要があり、そのことの実現には相当な困難が伴うことが予想される。 そして、その際には、「ネガティブ・ケイパビリティという考え方が役に立つのではないか」と思うようになった(私は、ネガティブ・ケイパビリティという言葉を拙著の出版後の令和6年秋頃に初めて知った)。しかし、これを実現するには、まず、病院職員に対する病院組織全体の全面的な支援(バックアップ)が必要不可欠であり、少なくともこれがない限り、医療の最前線でペイハラ患者・家族と対峙する病院職員の精神は耐えられなくなる可能性がある。
1.ペイハラトラブル(病院でのカスハラトラブル)解決の難しさ
私は、昭和56年に弁護士になってから平成10年までの17年間、患者・家族側の代理人として医療紛争に関わってきた。そして、平成10年からは医療側の紛争解決業務に携わるようになり、その後の現在までの27年間は、医療側の弁護士として医療法務に関与することとなった。そして平成16年、日赤長崎原爆病院の医療安全管理委員会委員(法律顧問)に就任してから現在までの21年間は、それこそ多くの病院の多様な医療法務に関わってきた。 この間、多くの医療安全事案(医療事故紛争事件)や悪質クレーマー・モンスターペイシェント事案(今でいう、ペイハラ事案)に関わるようになり、その後徐々に医療安全事案よりも悪質クレーマー(ペイハラ)事案を取り扱うことの方が多くなっていった。 しかし、ペイハラ問題は、加害行為者が‶患者・家族″であるだけに、その対応は微妙でありセンシティブである。‶病院でのカスタマーハラスメント″(以下「カスハラ」)を、「ペイシェントハラスメント」(ペイハラ)と呼ぶことがあるが、患者・家族との間でそのようなトラブルが生じることとなった場合、
①‶診療を直ちに中止すること″、‶直ぐに退院させること″が難しい
②よほどのことがない限り、信頼関係回復の努力をしながら診療を継続しなければならない
という通常のカスタマーハラスメント(カスハラ)とは違った難しさがある。 つまり何と言っても、‶患者との関係性が簡単には断ち切れないこと″が一般のカスハラトラブルや民事トラブルと決定的に相違しており、その対処の困難さもそこにある。一般のカスハラトラブルや民事トラブルは、その多くの場合で‶関係性を断ち切って精算すること(関係性を終わらせて解決すること)″を目指すが、‶ペイハラトラブルの場合は関係性を修復しないと治療の継続ができない″ことが多く、‶関係性を終わらせないで紛争を解決すること″が求められる 。
2.平成16年当時、ペイハラトラブルの解決は‶病院職員個人の職制と力量″に任されていた!
平成16年当時(私が長崎原爆病院医療安全管理委員会に関わるようになった当時)、どこの病院でも、ペイハラトラブルは担当職員の職制上の個人の力量と責任で行われ、病院の組織全体で対応することは考えられていなかったようである。暴言・暴力・セクハラ等のハラスメントを行う患者・家族(ペイハラ患者・家族)に対し、総務課職員・病棟師長などがその役職としての責任をもって職員個人の力量で対応して、病院全体での対応が考えられていたわけではなかった。
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しかし、そのことで何が起きていたのか。
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①心療内科に通院するクレーム担当の病棟看護師がみられるようになり、
②睡眠導入剤を常用するクレーム担当職員が増え、
③精神をやられて休業し退職に至る職員を出すようになり、
④うつ病になってしまい家庭が崩壊した担当職員までもがみられた。
要するに、ペイハラ患者・家族に対応を余儀なくされた担当職員の中には、 精神が削られて心が壊れていく病院職員がいたのであり、また、彼らの中には、‶自分たちの職場はごみ溜め、誰からも顧みられない墓場みたいなものなどと自らの仕事や職場を卑下する者″もいた。 そして、これはが長崎原爆病院を含む長崎の多くの病院の実態であり、そこでは上記①②③④の病んだ病院職員が散見され、そして増え続けていたものと思われる。
3.長崎原爆病院では‶病院全体による組織的な対応″を行うようになった!
長崎原爆病院でも、‶ペイハラ患者・家族に責め立てられた看護師が精神的に追い詰められてしまう″という事件が起きてしまった。 ↓ 医療安全管理委員会は、この件を契機として、‶職員をつぶしてしまいかねないペイハラ問題″に本格的に取り組むようになった。同委員会での協議・検討の結果、‶病院全体での組織的対応しかその解決法がない″という結論に達し、‶それを恒常化するためにはどうすべきか″等を議論していった。 ↓ そして、長崎原爆病院は、‶平成16年″から10年間を経た‶平成26年″までに、次のような体制を創り上げた(実際には、‶意図的に創り上げた″というよりも、‶結果的にそうなった″という感じかもしれない)。
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長崎原爆病院は、病院組織全体での対応をシステム化するために
① 院長に対し‶ペイハラ患者・家族を適切に指導しなければならない″という責務を課すことにし、そのことを定めた 院内秩序維持管理規程を制定した(→ペイハラへの組織的対応が可能となった)。
② ペイハラトラブルに対処する「患者相談支援室」(以下「支援室」)を新設し、医療安全を担当する「医療安 全推進室」(以下「推進室」)と伴に‶院長直轄(直属)″とし、その‶室長に副院長を当てる″こととした(→院長をトップ とするペイハラ対応体制の確立)。
③ 医療事故トラブルとペイハラトラブルの線引きが困難なことが多いことから、ペイハラトラブルも正式に「医療安全管理委員会」で取り扱うこととし、推進室と支援室(以下「推進・支援室」)を‶ペイハラ対応の車の両輪″として担当させることとした(以下「推進・支援室」という)(→ペイハラ対応と医療事故対応との一体化)。
④ 「推進・支援室」と「法律顧問(弁護士)」を直結し、総務課を通さずに適宜速やかにメール・電話等で情報を 伝達することとし、迅速な直接相談とその対処を可能にした(→迅速な法的対応の整備)。
4.ペイハラ担当職員等への‶病院による後方支援″が可能となった!
ペイハラに病院全体で対処することによって ‶クレーム担当職員(推進・支援室の職員)″や‶実際にペイハラ患者家族に対応する現場(外来・病棟など)の看護師等″への「バックアップ体制(病院による後方支援)」が整備された。すなわち、
① 「何があっても病院がこれら職員を守る」ということを宣言し、職員らの孤立感を解消し、に安心感を与えている。職員が安心して業務にあたることができないと、ペイハラ対応が奏功することはない。
② ペイハラ担当職員が院長直属の部署(推進・支援室)に所属することによって、その他の職員の協力も得やすくなった。
以上のような体制の整備により、 ペイハラトラブルに対処する職員の孤立感を解消し、職員が精神的に追い詰められ休業や退職を余儀なくされるという事態を回避することができるようになった。
5.ペイハラ対応についての‶8原則″
以上のような経験からするならば、病院は、以下のような原則を守らなければ、ペイハラ対策によるトラブルの解決には辿り着けないものと思われる。
原則❶ 病院は常に職員を守ること! 病院が職員に対し安全配慮義務を負担することからすれば、これは当然のことである。 これを欠くペイハラ対策は成功しないものと思われる。
原則❷ 病院は常に病院組織として対応すること! ペイハラトラブルの処理を‶職員の個人任せにしない″、‶個人責任にしない″ことが重要である。 職制上の業務とは言え、ペイハラトラブルは職員個人で解決できる問題ではない。
原則❸ 病院は原則として職員を複数で対応させること! 職員に危害を及ぼしかねないペイハラ患者・家族へ対応する時の大原則である。 このことを疎かにすると、ごく稀ではあるが殺傷沙汰という重大事件が起こりかねない。
原則❹ 病院は常に、職員に対し、「患者・家族には診療協力義務・施設管理権に従う義務があること」、「患者家族は医師・看護師等の指示に従わなければならないこと」を認識させ意識させること! ペイハラトラブルに対処する職員には、ペイハラ患者・家族が繰り返す理不尽な言動が違法であることを意識させ、職員に対し、‶患者・家族への精神的優位性″を保たせる必要がある。 仮にペイハラ言動が病院側の不手際・不注意等が原因であったとしても、真摯な謝罪等によりその関係性をゼロベースに戻し、その後は、ペイハラ言動を制止し是正しようとする職員自らに‶正当性があること″を意識させる。
原則❺ 病院職員は‶真摯に″かつ‶冷静沈着に″、そして‶毅然と″対応すること! 相手方から事情聴取をする等の際には、相手方に対して真摯に対応し、冷静沈着かつ毅然とした態度で臨み、相手方の激しい言動などに反応又は動揺せずに、その挑発には乗らない。そして、手におえない時には、診療の拒絶や警察への通報等も考える(→原則❻)。
原則❻ 病院職員は‶警察への相談・通報″をためらわないこと! 警察への介入要請については、当該担当職員に躊躇する心理が働くことを考慮し、各病院においてその警察介入要請の要件や手続を明確にしておき、警察への相談・通報をためらわずに済むようにしておく。
原則❼ 紛争の芽は小さい時に摘み取ること! 紛争は大きくなってからでは御し難くなる。その解決のためには時間も労力も膨大なものとなる可能性がある。それを避けるためには、ペイハラ対応の司令塔(患者相談支援室など)に、医療現場のペイハラ情報を(どんな小さな情報でも)速やかに集める必要がある。
原則❽ ペイハラ対策・対応に「正解」「正答」はなく、その解決を急がないこと! ペイハラ対策に「正解」「正当」がないということは、「担当職員に責任をとらせることはできない」ということを意味し、また、「その解決を急がずに、立ち止まって黙考し様々な工夫を検討する必要がある」ということを意味する。 →‶ネガティブ・ケイパビリティ″を考える。(次項で詳細に説明)
6.ペイハラ対策に‶正解・正答がない″ことから‶ネガティブ・ケイパビリティの考え方″が重要になる!
(1)ネガティブ・ケイパビリティ(答えの出ない事態に耐える力)-帚木蓬生-
① 近時、精神科医で小説家の帚木蓬生(ははきぎほうせい)氏の「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」という著書が評判になっている。その著書では、「〈問題〉を性急に措定せず、生半可な意味づけや知識をもって、未解決の問題にせっかちに帳尻を合せず、宙ぶらりんの状態を持ちこたえる」のが「ネガティブ・ケイパビリティ」だとされている。その意味からすれば、医療者のペイハラ対応において、その対処で結果が出せない時でも(答えの出ない事態であっても)、‶それに耐える力″、‶そのような事態にも耐えることのできる能力″が必要ということになりそうである。つまり、もしかしたら‶臨床医療の現場におけるペイハラ対応″においても「ネガティブ・ケイパビリティの考え方」が妥当するのではないか、ということである。
② ネガティブ・ケイパビリティとは、一般に、「不確実な状況や、すぐに解決策が見つからない問題に直面した際に、性急に結論を出さず、その状況に耐え、受け入れる能力」とされているようである。19世紀の詩人ジョン・キーツが提唱した概念で、日本語では「消極的能力」、「消極的受容力」、「否定的能力」などと様々に訳されている。そして、ネガティブ・ケイパビリティをもつ者は、柔軟な思考力(固定観念にとらわれず、柔軟に物事をとらえる力)、感情をコントロールする能力(感情に流されずに冷静に状況を分析し適切な行動をとる能力)、強いレジリエンス(精神の回復力、復元力、弾力性)をもっているとされている。
(2)臨床現場の医療者に求められる‶ネガティブ・ケイパビリティの考え方″
① ペイハラ対策に正解・正答はない!
確かに、上記ペイハラ対応の諸原則(原則❶~❽)を実践しなければ、そう簡単には「紛争の解決」には辿り着けない(結果は出せない)。しかし逆に、これら諸原則を実践したからと言って、必ずしも「解決という結論」に辿り着けるわけではない。つまり、ペイハラ対策やその対応に正解・正答はないのである。 ペイハラ患者家族は、それぞれの性格や顔かたちが違うことからすれば、臨機応変に手を変え品を変え、その対応方法を工夫しながら対策を講じ、それを解決していかざるを得ない。
② ‶性急な解決を求めない姿勢″が必要!
したがって、ペイハラトラブルにおいては「性急な解決を求めない」という姿勢が必要である。ペイハラ担当職員自らが、‶速やかで正しい解決″を求め続けること(ポジティブ・ケイパビリティを求めること)は悪いことではないが、これを自ら強く求め続けることによって、または、病院幹部が当該職員らにそれを要求し続けることによって、当該職員はその精神が削られ、そして壊れていく。 ペイハラトラブルに正解・正答はないということを考えると、ペイハラ対応を余儀なくされる職員のためにも、‶性急な解決を求めない姿勢″が重要である。
③ しかし、 それ(性急な解決を求めないこと)は‶何もしない″ということではない!
医療を施す病院においては、ペイハラ患者・家族であっても、‶必要なこと、正しいことは淡々と行う″必要がある。
確かに、ペイハラ患者が病院に入院し居坐っている場合(入院居坐り型・退院拒否型 )であっても、病院は‶ペイハラ患者・家族に対して何もしない″というわけにはいかない。その場合には、正しい医療ケアを淡々と過不足なく継続し、その一方で、不当な要求・特別な要求などは一切拒絶し、他の患者と同等の医療ケア対応を続ける必要があり、‶必要なこと、正しいことを淡々と行う″ことになる。そしてその時に、ペイハラ患者・家族が激しいハラスメントに及ぶ時には、‶書面による是正勧告や警告を出し続け、診療をお断りし退院・退所を求め続ける″ということを淡々と実行することになる。 そして、このようなことを繰り返していると、逆に、ペイハラ患者家族の方が音を上げることもあり、大人しくなったり、転院したりすることもある。
④ もっとも、そのためには、‶最前線の職員が心の平衡(精神のバランス)を保つ″必要がある!
ペイハラ患者・家族に対し‶淡々とした姿勢や態度″を保ち、‶それを維持し続ける″ためには、心の平衡(精神のバランス)をコントロールする術(すべ)が必要である。 そしてそれは、時として、‶診療をお断りする″という、いわば逃げの姿勢も必要となる。また、‶何事もいずれは終わるはず、いずれは解決するはず″という気持ちで(自らの精神〔心の平衡〕をコントロールした上で)対応することが求められ、それこそがネガティブ・ケイパビリティなのではないか、と(私は)勝手に思っている。
⑤ 病院全体でのバックアップによる最前線の職員の支援
そのためには、❶その‶ペイハラ患者・家族と直接対峙せざるを得ない病棟の医師・看護師等スタッフ″に、「ネガティブ・ケイパビリティの考え方」を浸透させ、かつ定着させて、 ❷‶自ら精神(心の平衡)をコントロールする術(すべ)″を身につけていただく必要がある。 要するに、現場の医師・看護師等スタッフに対しては、病院幹部・役職者がその盾になるなど‶病院全体での支援″が必要な場合が多く、病院の全面的バックアップの下にペイハラ患者家族に対処する必要がある。それがなければ、上記❶❷を実現することは不可能であり、悪質なペイハラ患者・家族に対応することはできない。
⑥ 過去に精神的に追い詰められた職員たちについて
過去には、自らが担当する患者の暴言をやめさせることができず、それを自らの無力さによるものと思い悩み、臨床現場に出て来れなくなった看護師がいた。そのような状態にいたたまれず、休業どころか退職してしまった事務員も看護師もいた。これらはいずれも、職責上「解決という結果」を出さなければならないという‶ポジティブ・ケイパビリティ的発想の結果″だったのだろうと、いまだったらそう思える。これらはいずれも、職責上「解決という結果」を出さなければならないという‶ポジティブ・ケイパビリティ的発想の結果″だったのだろうと、いまだったらそう思える。
⑦ 裁判所を妄信し「性急な解決」を追い求めた結果の(私の)失敗事案
高齢の母親を急性期病院に入院させていた中年の娘が、看護師に激しいハラスメントを繰り返し、数人の看護師が退職してしまい、しかも、病状が安定したにもかかわらず入院したまま居座ったことから、転院してもらうために、やむを得ず民事調停や損害賠償請求訴訟を提起した、いわゆる入院居座型(退院拒否型)のペイハラ事案を担当した。しかし、まったく想定外のことに、地方裁判所・高等裁判所と連続して敗訴し、最高裁では上告が棄却されて敗訴が確定した。なかでも、控訴審判決では、「医療の現場においては、患者・家族がその精神的不安定さから、社会的に不相当な言動に及ぶことがあったからといって、それがすべて不法行為を構成するほどの違法性に該当する行為であると評価することは相当ではない」(しかし、判決ではそのほぼすべてを違法ではないとしている)というのであるから、医療者はこのようなペイハラ言動をどこまで我慢すればよいのか…全く信じられない判決である。もちろん、この病院の関係者が受けたショックは大きかったが、裁判官の社会的資質に一抹の不安を感じながらも敗訴することはあり得ない等と妄信していた「私」の精神的ショックも言葉にできないほど大きかった。「解決を急がない方がよい」と講演や書籍などで広言している私も、この事件に関しては、ポジティブケイパビリティ(速やかな正しい解決)にとらわれ過ぎていたような気がする。‶判決で負けるはずがない″、‶正しい結果が出るはず″という根拠のない過信が、私に「結論」を急がせた。この敗訴という結果自体は「私」の不徳の致すところではあるが、その後、‶裁判以外に本件事案を解決に導く方法はなかったのか…″等と日々考え続けた。様々の紛争において裁判は最後の手段である。しかし、‶患者・家族と医療側との関係においては、その最後の手段である裁判も可能な限り回避すべきではなかったのか″と黙考している。
