No.168/裁判例にみる‟医療者のインフォームド・コンセント” その8 8.患者の判断に資する‶具体的な説明″の必要性

No.168/2024.12.2発行
弁護士 福﨑博孝

裁判例にみる‟医療者のインフォームド・コンセント” その8
8.患者の判断に資する‶具体的な説明″の必要性

8.患者の判断に資する‶具体的な説明″の必要性

説明義務の程度については、医療行為の危険性(リスク)や緊急性などによりケースバイケースで判断していくことになりますが、一般的には、患者の判断に資する程度のできるだけ具体的な説明をする必要があるといわれており、以下の近時の裁判例の傾向をみる限り、裁判所からはますます高いレベルの具体性が求められるようになっているようです。さらには、医療者と患者とのコミュニケーションについてSDМ(シェアード・デシジョン・メーキング)という考え方が浸透してきており、その病態しだいでは通常のインフォームド・コンセント以上の患者家族とのコミュニケーションが求められることとなりそうです。

(1)最判平成7・5・30(新生児黄疸の退院時の説明義務)

例えば、新生児横断の赤ちゃんについて、その出産後退院の時に、「赤ちゃんに何か変わったことがあったらすぐに自分か近所の小児科の診察を受けるように」と言っただけで、黄疸の詳しい説明をしなかったところ、結果的に新生児核黄疸を発症したという事例において、その第1審と第2審ではともに「医師には責任はない」と判断をしましたが、上告審(最判平成7・5・30)では、「黄疸が増強することがあり得ること、及び、黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、それらの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき義務がある」と判示しました。すなわち、この最判は、第1審・第2審とは異なり、「個別具体的に説明を加えて注意を喚起すべきもの」と判示しているのです。つまり、対処の仕方を間違うと重大な結果を招きかねない事案においては、抽象的な説明や指示・指導だけでは済まされず、より具体的な説明や指示・指導が求められることとなります。

(2)高松高判平成8・2・27(投薬副作用の退院時の説明義務)

また、高松高判平成8・2・27も、上記の最判の影響を受けたようで、最判と類似する事案において、「医師は投薬に際して、その目的と効果及び副作用のもたらす危険性について説明すべきところ、患者の退院に際しては、医師の観察が及ばないところで服薬することになるのであるから、その副作用の結果が重大であれば、発症の可能性が極めて少ない場合であっても、必要な情報は提供しなければならない。・・投薬による副作用の重大な結果を回避するために、服薬中どのような場合に医師の診察を受けるべきか患者自身で判断できるように、具体的に、・・・説明指導すべきであり、単に“何かあればいらっしゃい”という一般的な注意だけでは不十分」と判示しています。すなわち、重大な副作用の可能性のある薬剤を退院後患者自らで服薬する場合には、当該薬剤について抽象的な説明や指示・指導では足りず、より詳しく具体的な説明や指示・指導をすべきことになります。

(3)東京高判平成11・5・31(脳動脈奇形と複数治療法の説明義務)

また、脳AVM(脳動脈奇形)のように、‶保存的療法によるか”あるいは‟外科的療法によるか”の優劣に議論があり、しかも手術により死亡若しくは重大な後遺症の発現する可能性が無視し得ない程度に存在するという事案においても、詳しくかつ具体的な説明が求められることとなります。そして、この点について、東京高判平成11・5・31は、「医師において、患者の病状、手術の内容と危険性、保存的療法と手術の特質等について、患者が手術によるか保存的療法によるかを自由かつ真摯に選択できるよう説明する義務があることはいうまでもなく、とりわけ医師の側において当該施設における同種症例の手術結果について一定の経験と知見を有している場合には、単に手術の危険性について抽象的、一般的な説明に止まることなく、適宜それらの手術実績に基づく知見をも情報として示すなど、患者が当時における保存的療法と外科的療法双方の予後、危険性等について適切な比較検討をなし得るため、十分な具体的説明を行うべき義務があるというべきである。」と判示しています。つまり、医師は、いわゆる医療水準にあるとされる治療法について説明義務を負いますが、医療水準にある治療法が複数ある場合には、原則として、それらすべてについて説明する義務があり、医療水準にある治療法が複数あれば、その選択は究極的には患者に任されるべきであって、医療水準の範囲内の治療法については、医師として知見を有しておくべきであるということになります。しかも、この判決では、さらに進んで、「当該施設における同種症例の手術結果について一定の経験と知見を有している場合」には、その「手術実績に基づく知見をも情報として示すなどし」て、十分な具体的説明を行うべき義務があるとしているのです。 そして、当該東京高判では、上記一般論に続いて、本件事案に関し、「しかるに、本件病院の担当医師からのXの母親(及びX)に対する手術の説明は、手術をする理由、手術を行った場合の症状の改善や障害発生の見込みなどについては一定の説明をしているとは認められるものの、抽象的な域に止まり、本人及び家族がもっとも知りたいと願っていた推測される情報の提供と説明、すなわち大型AVMの摘出手術適応に関する当初の一般的医学的知見や、(当該医師)自らの経験した本件病院及び提携病院での同種症例の手術成績を踏まえた脳神経外科医としての専門的立場からの情報提供や、本件のような非出血性大型AVMの摘出手術の危険性と予後についての厳しい側面については必ずしも明らかにされず、保存的療法と外科的療法との得失の比較の説明において、その真摯さ、具体性、詳細性の点からして不十分なものがあったと判断せざるを得ない。」などと詳細かつ具体的な説明を求めています。 なお、このような事案については、SDМ(シェアード・デシジョン・メーキング)による患者と医療者側とのコミュニケーションの強化が求められるようになっています。この点については、未破裂脳動脈瘤の治療の裁判例において説明させていただきますが、いままでの単なる説明と同意などというレベルのインフォームド・コンセントではなく、医療者は患者やその家族とのコミュニケーションをより深めながら、患者の人生観や生活の価値観なども踏まえて幾つかの選択肢から当該患者に最もふさわしい治療方法を決めていくというやり方が推奨されるようになっています。

(4)最判平成17・9・8(帝王切開希望患者への経膣分娩の説明義務)

さらに、帝王切開術希望患者に経膣分娩を勧め医療事故を惹起させた胎児死亡の事案においても、相当に詳細かつ具体的な説明が求められています。つまり、最判平成17・9・8においては、「帝王切開術を希望するという上告人らの申出には医学的知見に照らし相当の理由があったということができるから、被上告人医師は、これに配慮し、上告人らに対し、分娩誘発を開始するまでの間に、胎児のできるだけ新しい推定体重、胎位その他の骨盤位の場合における分娩方法の選択に当たっての重要な判断要素となる事項を挙げて、経膣分娩によるとの方針が相当であるとする理由について具体的に説明するとともに、帝王切開術は移行までに一定の時間を要するから、移行することが相当でないと判断される緊急の事態も生じ得ることなどを告げ、その後、陣痛促進剤の点滴投与を始めるまでには、胎児が複殿位であることも告げて、上告人らが胎児の最新の状態を認識し、経膣分娩の場合の危険性を具体的に理解した上で、被上告人医師の下で経膣分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務があったというべきである。ところが、被上告人医師は、上告人らに対し、一般的な経膣分娩の危険性について一応の説明はしたものの、胎児の最新の状態とこれらに基づく経膣分娩の選択理由を十分に説明しなかった上、もし分娩中に何か起こったらすぐにでも帝王切開術に移れるのだから心配はないなどと異常事態が生じた場合の経膣分娩から帝王切開術への移行について誤解を与えるような説明をしたというのであるから、上記義務を尽くしたものということはできない。」と判示しています。 この最判については、「医師の説明義務の一般的な内容は、客観的に規律されるべきであるが、患者側の自己決定権を背景とする以上、患者側の特段の希望、関心、申出があり、その内容が相応の理由のあるものであって、医師もそうした希望等を知っていた場合には、そうした希望等(患者側の個別的な事情)に対応するために、より踏み込んだ説明がされるべきであるとの規範が採用されているといえそうである。」(ジュリスト№1323・129)と説明されています。 そして、さらには、「本件事案における患者の帝王切開の申入れは、十分な医学的合理性と理性的な熟慮に基づくものであり、自己決定権の適正な行使といえる。ただし、医師が自らの医学的判断により、経膣分娩が当該患者にとって最善の療法だと考えられるのであれば、それを選択するよう‶説得″すること自体は、医師の裁量として是認されうる。しかし、医師は‶説得″を行う前提として、自らが最善と考える治療法と患者が希望する治療法の双方につき、その内容や危険性、予後や利害得失などを十分に説明しなければならず、医師による説得が専門家としての裁量により是認されるとしても、その前提となる説明については、その裁量が及ぶ範囲により絞りがかけられなければならない。すなわち、医師は自らが最善と考える治療法を患者が選択するよう、意図的に仕向けるような説明をすることは許されず、そのような説明に基づいてなされた説得は、患者の自己決定権の侵害となる。」(ジュリスト№1323・135)ともいわれています。

(5)福岡地判平成19年8月21日(術者の当該術式の未経験とその説明義務)

福岡地判平成19年8月21日では、‶当該医師について、行おうとする術式の経験を有していないことを説明していなかったこと″が問題とされました。すなわち、この福岡地判では、「藤岡鑑定によれば、本件のような脳動脈瘤の手術方式として、‶体部クリッピング術”と‶バイパス術+中大脳動脈瘤トラッピング術”とのいずれの方法がよいかを断定することはできず、いずれの方法を選択するかは、各医療機関の方針や術者の経験が重要な要素となることが認められる。しかして、医師は、このように医療水準として確立した術式が複数存在する場合には、患者が熟慮の上判断することができるように、各術式の内容及びいずれの術式も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在すること並びに各選択肢の利害得失を分かりやすく説明することが求められる。しかるに、B医師は、脳外科の専門医であり日本脳神経外科学会認定医の資格を有しており、内頚動脈についてはバイパス術やトラッピング術を行った経験を有し、バイパス術自体も30例程度実施して経験を有しているが、バイパス術+中大脳動脈瘤トラッピング術を実施した経験を有していなかったところ、上記事実は、原告が本件手術を受けるか否かを決定するに当たり考慮すべき要素と解される。そうすると、上記事実が説明されなかったことは、本件手術の決定に当たり考慮すべき事項についての説明がなされていなかったというべきである。」と判示しています。すなわち、医師は、手術のリスクの高さ次第では、自らの過去の当該手術の経験の有無や回数なども説明しなければならないということなのです。

(6)神戸地判平成19・8・31(髄膜腫摘出の範囲とその説明義務)

神戸地判平成19・8・31では、髄膜腫摘出術の際、医師が内頸動脈付近まで腫瘍を摘出しようとしたため、内頸動脈の内側部から出血し、患者に重篤な後遺障害が残った事案において、当該医師が、患者の病状、本件手術の内容および危険性、本件手術を行わなかった場合の予後について一応の説明を行ったにもかかわらず、「それだけでは十分ではない」としています。すなわち、本判決は、「乙山医師は、原告の症状、本件手術の内容及び危険性、本件手術を行わなかった場合の予後については一応説明をなしていることが認められる。しかし、腫瘍の除去をいかなる範囲において行うかということは、本件手術の危険性の観点からは重要であるところ、特に本件のように腫瘍が内頸動脈周囲に絡まっている場合には、一概に全摘出ということはできず、術者の高度な判断によって、摘出範囲が決定されること(もっとも、術者の判断に全く委ねられるものではないことは前示のとおりである。)に照らせば、乙山医師は、術前に、原告に対し、その摘出範囲等の決定を最終的には自己が行うことを説明した上で、全摘出をしないで部分摘出に至るのはどのような場合であるのか、部分摘出にとどまった場合には、後にいかなる治療方法があるのか、その治療方法の有効性及び危険性について説明する義務があったというべきである。」と判示しています。

(7)東京高判平成21・2・3(くも膜下出血の誤診断と説明義務の明確性)

東京高判平成21・2・3では、Xの夫である亡Aが、頭痛等の症状により被告病院に救急車で搬送されて受診した際、Xや亡Aからの執拗な入院要請に対して、CT検査の結果に異常がなかったことなどに基づき、B医師から、亡Aの頭痛の原因は片頭痛であり「入院の必要はない。」、「生命の保証はする。」などと言われて帰宅したところ、その2日後にクモ膜下出血により意識を失い、その後死亡したとして、Xらが、B医師には「説明義務違反の過失がある」等として損害賠償を求めた事案において、「本件では(X及び亡Aの)執拗な入院要請を拒否するに際して、C医師が帰宅後の経過観察等について全く何も触れなかったとは一概には考え難いが、強い頭痛を訴え救急車で救急外来を受診し、とりあえずクモ膜下出血の可能性は否定できたとしてもその原因が究明できたものでもなく、なお頭痛を訴え続けているのであるから、指示説明を的確にXや亡Aに行うことが必要であるところ、そのような明確な指示説明をしたことを認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ない。これらの事実によれば、B医師の説明は、医師として甚だ軽率かつ不十分であり、必要な指示説明を行わなかったため、亡Aが翌日に再度病院を受診しようと決意する契機を奪ったものというべきであって、本件診療契約上の説明義務や医師としての注意義務に違反するものというべきである。」と判示し、その説明義務違反を認めています。

(8)大阪地判平成24・3・27(未破裂脳動脈瘤の術式とリスク数値の説明義務)

大阪地判平成24・3・27では、未破裂脳動脈流に対するコイル塞栓術を受けた患者に術後正常圧水頭症が生じ、シャント術をうけてなお高次脳機能障害が残存した事案において、「コイル塞栓術の危険性について説明義務があったか否か」という点について、「被告A医師及び被告B医師は、少なくとも、本件動脈瘤の自然破裂率とコイル塞栓術の合併症の発生率について、当時有し又は有すべきであった医学的知見に基づき、できる限り具体的な数字を挙げて説明して、Xに対し、十分に考える機会を与えるべきであったといえる。」と判示し、その上で、「被告A医師及び被告B医師は、原告の未破裂動脈瘤の状態や、コイル塞栓術の内容及び合併症として頭蓋内出血や脳梗塞等が起こり得ること、合併症が生じた場合には致命的になる可能性があることについて、十分な説明をしたものと評価することができる。他方、被告A医師及び被告B医師は、Xに対し、本件動脈瘤の自然破裂率及び生存率、本件コイル塞栓術に伴う合併症の発生率、不完全塞栓に終わる危険性については説明していなかった。…したがって、被告A医師及び被告B医師には、未破裂動脈瘤の自然破裂の危険性とコイル塞栓術の合併症の発生率について、具体的な数字を挙げて説明を尽くさなかった点において、説明義務違反があったというべきである。」と判断しています。すなわち、合併症や薬剤の副作用について、信頼できる調査結果などがあり、統計的な確率などが出されている場合には、その数字を挙げて説明する必要もありそうです。 なお、未破裂脳動脈瘤の治療については、いままでのインフォームド・コンセントよりもSDМ(シェアード・デシジョン・メーキング)による患者・家族との対応が求められるようになってきているともいわれています。幾つかの治療法の中で何を選んだら最も良い臨床的結果が期待できるのか分からないという状況において(最善の治療法が確立していないか、または、確立していたとしても幾つかの治療法が認められており、それらの中から選択してしかなければならない場合において)、その選択肢の中から治療法を決めていくには、「患者の生き方や各治療法のリスク等についてのコミュニケーションを深めながら、患者と医療者が相互に納得しながら、その治療法の判断をしていかなければならない」という意味において、SDМによるコミュニケーションの深化とそれによる意思決定の在り方は、これから先必須のものとなっていくのかもしれません(非常に時間と手間のかかることではありますが・・・)。

(9)東京地判平成23・6・9(内視鏡的乳頭バルーン拡張術と具体的なリスクの説明義務)

東京地判平成23・6・9では、被告病院でERCP(内視鏡的逆行性膵胆管造影)及びEPBD(内視鏡的乳頭バルーン拡張術)を受けた事案において、「ERCP及びEPBDの事前説明を担当したD医師らは、原告に対し、原告のファーター乳頭近くには憩室があり、その部分は憩室がない正常な十二指腸の腸壁と比較すると脆弱であって、ERCP及びEPBDを実施した場合、その部分に穿孔を生じる危険性が正常な腸壁の例と比較して高いこと、そして、穿孔が生じた場合、消化液などが腸管外に洩れ、生命の危険も生じさせる重篤な症状を呈するおそれがあり、緊急手術が必要になることについて、十分な説明を行った上で、ERCP及びEPBDの実施について承諾を得る必要があったと解するのが相当である。」と判示しています。 なお、この東京地判の事案では、患者への説明を担当した医師は、原告に本件同意書(1)を交付し、そこには、「消化管穿孔(開腹手術が必要に成る事が多い)」のおそれがあることや、「術後急性膵炎、消化管穿孔、大量出血の時、緊急開腹手術を行う場合が有る。」ことが記載され、本件同意書(1)の記載内容に沿う説明を行い、ERCP及びEPBDの実施について原告の承諾を得たものでしたが、本判決は、上記具体的な危険性の説明をしたとは認められないばかりか、「かえって、同医師は、原告に対し、乳頭近くに憩室があることも分かったが、問題はないと判断していることを説明し、併せて、ERCPは安全な方法であり、被告病院には実績があるので、安心して被告病院に任せてほしい旨を述べているのである。このように、本件同意書(1)の記載内容に沿う説明は行われたものの、通常の場合よりも十二指腸穿孔を起こす危険性が高いことや、十二指腸憩室穿孔を起こした場合には緊急手術を必要とし、生命の危険もある重篤な症状となり得ることの説明が行われたものとは認められないのであって、実際に原告に対して行われた上記のような説明だけでは、原告は、ERCP及びEPBDの実施に伴う具体的な危険性を正確に理解できず、これを実施することに承諾を与えてよいかどうかを的確に判断することができなかったというほかはない。したがって、同医師らが上記のような具体的な危険性にわたる説明を行わなかったことは、上記説明義務の違反に当たるものというべきである。」と判示しています。すなわち、当該医療行為のリスクは患者ひとり一人で違うものであって、当該患者に特有のリスクがある場合には、その特有のリスクを具体的に説明しておく必要があるということなのです。