No.16/医療紛争を回避するために医療者は何をすべきか!?(その5)

No.16/2020.11.15発行
弁護士 福﨑 博孝

5.まとめ(患者家族の誤解をどう回避すればいいのか)

 医療紛争の根底には“患者家族の医療者に対する悪感情”があり、悪感情のないところに紛争は生じないのです。このことを前提に考えてみると、患者家族の誤解を避けて医療紛争を回避するためには、少なくとも次の6つの対応を考えておくべきです。

(1)医師の事前の十分なインフォームド・コンセント

 医師によるインフォームド・コンセント(以下「IC」)は、「医師の適切かつ十分で分かり易い丁寧な説明と、それによる患者家族の理解・納得・選択を経た上での同意」と直訳できます。そして、それが医師において十分に実践されているのであれば、①患者家族と医師との間に十分なコミュニケーション関係が成り立ち、②信頼関係が醸成され、③より良い人間関係が形成されているはずです。また、④その間の知識の格差や認識の齟齬はかなり埋められているはずなのです。一方で、医療事故直後の身内の死亡など最悪の結果は、患者家族を「悲しみ・怒り・無力感・絶望」により感情的にしますが、その後速やかに冷静さを取り戻してもらえるか否かは、「その悪い結果が、そもそも想定されていたか否か」によります。その悪い結果が「想定外の結果」だとすると、患者家族に「感情的な混乱」を生じさせ、「なぜ、このような結果になったのか!」という不信感から、医療者への「怒り、憎しみ等という感情」となって向かってくることになります。このような患者家族の「誤解や想定外の事態」を回避するためには、医師の事前の十分なICが欠かせず、医師の適切かつ十分で分かりやすく丁寧な事前の説明が不可欠であって、その説明による「患者家族の理解・納得・選択を経た上での(事前の)同意」があれば、「診療結果についての感情的な混乱」にまでは至らず、「冷静さ」を取り戻すことが比較的容易なはずです。

(2)看護師特有のインフォームド・コンセントの実践

 看護者の倫理綱領(日本看護協会:平成15年)では、①看護師に「患者家族との信頼関係の構築」を求め、患者家族の立場に立ったICを求めています。また、②その前提として、看護師に対し高い「コミュニケーション能力」も求めています。以上のとおり、看護師のICは、いわゆる「患者家族との間のコミュニケーション関係」を前提とするものであり、それによって信頼関係の構築を目指すものとされています。また、看護師のICは、医師のICの足らざるところを補うものとも位置付けられており、医師のICを補って、患者家族に寄り添うことにより、患者家族の「誤解」や知識・認識の齟齬(結果としての「想定外の事態」)を少なくし、患者家族の「診療結果についての感情的な混乱」を惹き起こさせないようにすることになります。

(3)診療記録への丁寧な記載

 裁判所は、診療記録について、原則として、①記載してあること(事実)は「あったこと」(事実)、②記載してないこと(事実)は「なかったこと」(事実)として取り扱っています。また、これを患者家族の立場から思考すると、(a)診療記録に記載されてない事実は、多くの患者家族が信じてくれません。しかし、(b)診療記録に記載されている事実については、患者家族がその事実を思い出してくれます。また、(c)仮にそれを思い出さなくても、診療記録に記載されている事実については、その多くの患者家族が「そうだったのか」「そうかもしれない」等と信じてくれるようになります。これらのことからも明らかなとおり、医療者が、IC等についての診療記録への丁寧な記載を心がければ、医療紛争の発生や増幅は回避されることも多いのです特に、医療者側に何らの落ち度もない不要な医療紛争が回避できるということになります。

(4)医療事故直後の真摯な「謝罪」

 医療事故直後の患者家族には、「悲しみ・怒り・無力感・絶望」などの感情が渦巻いています。その患者家族の感情を不必要にかき乱すことは、「ボタンの掛け違え」を惹き起こす原因ともなります。仮に医療者側に過誤等のミスがなかったとしても、「共感表明としての謝罪」を怠ったり、躊躇したりすると、患者家族の絶望の底にある感情を不用意にかき乱すことになります。共感表明の謝罪もないままの状況で、しかも、医療者側の何らかのミスが疑われる状況が垣間見えると、その感情の矛先(身内を亡くしたという「悲しみ・怒り・無力感・絶望」)は医療者側に向かうようになり、患者家族の「不信感、怒り、憎しみ」という感情が押し寄せてくることにもなりかねません。

(5)医療事故直後の真摯な「説明」

 医療事故直後において、医療者は、①共感表明としての謝罪をするとともに、②事故の原因説明をしなければなりません。しかし、その原因が十分に解明できていない場合には、③拙速な原因説明は避けて、事故原因の究明(調査と検討)を約束し、④そのうえでの再発防止を約束することが肝要です。一方、⑤医療者側の過誤を直ちに認めざるを得ない場合には、その事故原因を丁寧に説明し、速やかにその責任を承認する意味での謝罪(「責任承認としての謝罪」)をするのが適切であり、それに躊躇すると不必要な紛争の増幅を招くことになります。⑥原因究明のために解剖又は死亡時画像診断(以下「Ai」という。)を患者家族に勧める必要もあります。医療事故調査制度の関係でも遺族に解剖等を勧めなければなりませんが、それだけではなく「紛争の回避」という観点からも、それを勧めておく(実際に解剖やAiを実施しておく)必要性は高いのです。これを勧めていない場合には後日、患者家族から医療者側の過誤が疑われた場合に、その不信感が増幅することが多いのです。なお、解剖やAiを勧めたにもかかわらず患者家族がそれに同意せず解剖やAiを施行しなかった場合には、そのことを必ず診療記録に記載しておく必要があります。

(6)診療記録の速やかな開示

 医療事故直後には、患者家族から診療記録の開示や謄写を求められたら速やかにそれを開示し、謄写して「写し」を渡さなければなりません。診療記録を開示する義務があるか否かについては、過去の裁判例では争いもありましたが、現在ではすべて速やかに開示すべきであるとされており、それを躊躇してはならないのです。これを躊躇することによって、患者家族にその医療事故の原因についての疑念を抱かせることが多く、患者家族の神経を逆なでして感情的にさせ、不要な紛争が生じたり、紛争が増幅されたりすることになります。仮にその診療記録に不利な記載があった場合であっても、上記の取り扱いは同様であり、開示を躊躇すべきではありません。不利な記載については別の機会に専門的な対応を行うべきであり、不利な記載というだけで開示を拒否すると、患者家族の医療者側に対する不信感が増幅し、医療者がより不利な立場に追い込まれることになります。