No.15/医療紛争を回避するために医療者は何をすべきか!?(その4)

No.15/2020.11.15 発行
弁護士 福﨑 博孝

4.医療事故発生直後の患者家族との向き合い方(説明・謝罪の仕方)

 医療事故発生時に重要なことは、“医療事故発生直後に、患者家族に対して、どのように対応するのか、どのように向き合うのか”という点にあります。この点について、近時では、「事故の発生したことを患者家族にも正直に告げ、可能な限り状況を説明する(ただし、拙速な説明は避ける。)。対応に誠意が感じられないことによって紛争が深刻化し訴訟に至る事案も多くみられる。反対に患者家族にとって最悪の結果になったとしても十分説明し心から謝罪したことで家族の納得が得られ、大事に発展しないで済む場合もある」という考え方で対応することが一般的となっているようです。「原因を隠すかのような秘密主義的な対応は紛争を混乱させ深刻化させるだけ」という意識が強くなっています。結論を先に言えば、医療事故発生“直後”の医療者側の対応としては、①“共感表明としての「謝罪」をする”とともに、②拙速な原因説明は極力控えて、“原因究明を約束する”という態度が重要といえます。もちろん、③原因究明-調査と検討-などの必要性がないくらいに医療行為のミス(過失)が明らかときは、医療機関の即決的な判断で、“直ちに責任を認めて謝罪(責任承認としての謝罪)する”必要がある場合も考えられます。いずれにしても、医療紛争に限らず、争い事一般は「悪感情より出でる」であり、患者家族の感情を考慮すること無しに、そのトラブルへの対応策も考えられないといえます。

(1)医療事故発生直後の謝罪のあり方(謝罪の種類)

 医療事故後の「謝罪」の種類には、「“責任承認”という意味での謝罪」と、「“共感表明”という意味での謝罪」の2つがあるとされています。「責任承認としての謝罪」は、「自己の責任を認める意味での謝罪」であり、一方、「共感表明としての謝罪」は、「不利益を被った人への自然な共感的感情からくる“すまなさ”の感覚(“申し訳ない”という気持ち)を表明するもので、過失や責任と直接結び付くような意味合いは持たない。」と説明されています。例えば、「最善は尽くしたのですが、結果的に、このようなことになり申し訳ありません」などという表現がこれ「共感表明としての謝罪」に当たります。少なくとも「共感表明としての謝罪」は、過失や責任と直接結び付くようなものではなく、むしろ医療事故に直面した人間の自然な行動として捉えられるものでありますから、これを躊躇する必要はありません。そして、「共感表明としての謝罪」をする場合には、そのことでは何も解決しているわけではないから、併せて「事実の解明やその報告」を約束し、そのことによって「再発防止」を約束することが肝要となります。「責任承認としての謝罪」は、他の証拠と相まって過失判断の一資料とされる可能性があります。原因が究明され過失の存在が明らかとなった場合には、これ(責任承認としての謝罪)を行うことを検討する必要があり、適宜適切な「責任承認としての謝罪」をためらうべきではありません。この段階での謝罪を拒否すると患者家族の感情に不必要に火を付けること(医療者への不信感を増幅してしまうこと)になってしまい、その後の紛争が激化しやすくなります。いずれにしても「ためらい」によって適宜適切な謝罪の時期を逸失することは、取り返しのつかないボタンの掛け違えになることがあるのです。真摯な謝罪をすることは、医療事故で崩れかけた患者家族と医療者との信頼関係を取り戻す第一歩(きっかけ)ということになることを忘れないようにして下さい。

(2)医療事故発生直後の説明義務のあり方

ア  患者家族に対する「診療経過・死因等」の説明義務

 医療事故が発生した時の「患者家族に対する医療者の説明義務」については、多くの裁判例がこれを認めています(東京地判平成9・2・25、東京高判平成10・2・25など)。しかし、医師には、事故発生直後の説明義務が課されてはいるものの、その原因などの説明内容の「正確性」については過度の要求が求められているわけではありません。むしろ、拙速にあやふやな認識と知識に基づいて、誤った説明(不確かな説明)をすることだけは避けるよう戒めている裁判例もあるくらいです(広島地判平成4・12・21)。この裁判例では、拙速に間違った原因説明をしたことによって、その後その紛争が長引いて訴訟にまで至り、そのことによって患者家族に多大な精神的損害を与えたとして慰謝料請求が認められています。すなわち、医療事故直後のいまだ原因究明がなされていない(又は十分ではない)状況においては、医療者は患者家族に対し、謝罪(共感表明)をし、それと伴に(拙速な説明は避けて)「原因究明とその結果の報告を約束する」という姿勢に終始すべきであるといえます。

イ  遺族に対する死因解明のための解剖等の提案

 また、裁判例には、医療者において、「(遺族に対し)病理解剖の提案をし、その実施を求めるかどうかを検討する機会を与え」、「その求めがあった場合には、病理解剖を適宜の方法により実施」し、「その結果に基づいて、患者の死因を遺族に説明すべき信義則上の義務を負う場合がある」と判示するものがあります(東京地判平成9・2・25、東京高判平成10・2・25)。 ところで、医療者側が解剖を勧めていない場合には、「事件を隠蔽するために解剖をしなかったのではないか。原因を隠すために解剖を勧めなかったのではないか」などと、遺族側が後日疑心暗鬼となり、医療者に対して不信感を抱くことも多くみられます。後々の不必要な紛争を回避するためにも、その必要に応じて、遺族に対し解剖を勧めることを怠ってはいけません。遺族がこれ(解剖)を拒否した場合には、そのことを診療記録上で明らかにしておくことも重要です。これは医療者が自らの身を守る、という意味だけではなく、身内の不幸という混乱の中で医療者から病理解剖等の提案自体を失念してしまいかねない遺族にとって、そのような診療記録の記載(解剖等の提案の記載)があることは、「その記憶喚起につながり、不必要な紛争を惹起しない」という意味もあるのです。

ウ  患者家族から診療録等の開示を求められたときの医療者の対応

 過去の裁判例(大阪地判平成20・2・21、東京地判平成23・1・27など)をみる限り、医療事故発生後に患者家族から診療記録(カルテ等)の開示請求を受けた場合においては、医療者側にとって少々不利な記載があると考えられても、医療者としてそれを安易に拒否することは相当でありません。また、診療記録の開示請求を安易に拒絶すると、そのことが原因で医療者側が患者家族の疑念にさらされ(一般的には、「何か後ろめたいことがあるから診療記録を見せない」と思うはずです)、その後紛争に発展することも考えられます(そもそも、医療事故の疑いのある事案において、最後まで診療記録の開示を拒否し続けられるものではないことも銘記しておくべきです)。