No.159/パワハラ自殺の裁判例 ~その4~ (知らず知らずのパワハラ加害で思わぬ悲惨な結果を招かないために!)

No.159/2024.7.16発行
弁護士 福﨑 博孝

パワハラ自殺の裁判例 ~その4~
(知らず知らずのパワハラ加害で思わぬ悲惨な結果を招かないために!)

【判例⑩】 大阪高裁平成29年9月29日判決(神戸西労働基準監督署長・●●高速パトロール事件)

[判タ1174・43(業務上外災害認定処分取消請求事件)]

(1)事案の概要

本件は、本件会社に勤務していた労働者である亡Aが自死(自殺)したことに関し、その父であるXが、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、神戸西労働基準監督署長から、亡Aの死亡は業務上の死亡に当たらないとして、これらを支給しない旨の決定(本件各処分)を受けたため、その取消しを求める事案である。 亡A(当時24歳男性)は、高速道路の巡回、管制、取締など交通管理業務を行うことを主な業務内容とする会社に勤務し巡回等の業務に従事していたところ、亡Aの上司であるベテラン社員B(当時46歳男性)のパワハラ(威圧的な暴言)による強い心理的負荷によりうつ病を発症し、それが原因となって自死(自殺)した事案において、当該亡Aの死亡は、労災保険法にいう業務上の死亡に当たるとされた。

(2)判決要旨

亡A(本件夜勤当時24歳の男性)は、本件会社に入社した平成22年3月以降、2名1組で阪神高速道路の巡回パトロール業務(道路上の落下物の回収や事故車両の処理等を行う交通管理業務)に従事していた。 亡Aの仕事の出来、能力は、経験年数に照らして普通のレベルであった。亡Aは、仕事に関しやる気があり、仕事の習得に前向きな姿勢であった。亡Aは、明るく人懐っこい性格で、先輩など皆に可愛がられるタイプであった。亡Aは、幼少期から空手を始め、高校時代にはインターハイに出場し、大学も空手の推薦で入学し、空手部に所属していた。亡Aは、長年にわたって練習に打ち込んで習得した自らの空手について、特技として誇りを持っていた。亡Aがしていた空手は、「型の演武を重視し、組手においては突きや蹴りを相手に当てない「寸止め」を行う空手の流派であった。 上司B(本件夜勤当時46歳の男性)は、勤続18年のベテラン社員であった。Bは、部下に対する指導が厳しいということで知られており、かつての配属先の部下の中には、Bについて「とにかく怖い存在であった。威圧感があった。」という者もいた。また、Bについて「人によって態度が変わる人であった。」、「カッとなりやすいタイプで、声を荒げることがあった。人に対して好き嫌いが激しい面があった。」などの見方をする隊員もいた。Bは、20歳頃から空手を始め、極真空手の豊富な経験を有していた。Bがしていた空手は、亡Aがしていた伝統空手とは異なり、組手や試合において、突きや蹴りによる強力な打撃を加え相手を打ち倒すという直接打撃制の空手を行う流派である。 Bは、4月ないし5月頃、巡回パトロールの前後、●●交通管理課の事務所(以下「事務所」という。)において、亡Aと雑談した際、亡Aがしてきた空手について、「お前がやっている空手は、武道家を気取って実戦に使えない空手やから、そんなんして何の意味があるねん。」、「お前の空手は、なんちゃって空手だ。」などと言って、亡Aの空手を否定し、ばかにする発言をした。これに対し、亡Aは、「止めてくださいよ。」と言って笑っていた。 第2回巡回に出発する間際、Bが、亡Aに対し、個人目標(隊員が作成しC班長に直接提出すべきもの)の進捗状況について尋ねたところ、亡Aは、「もう班長に出しました。なんでBさんに聞かれないといけないんですか。」と答えた。そして、亡AがBに相談することなくD班長に個人目標を提出したことに立腹し、「それやったら、俺と仕事の話は一切せんでええ。」と亡Aを怒鳴りつけた。そして、Bは、亡Aが肩を揺すって歩いているのを見て、亡Aに対し、「歩き方が気に入らない。」、「道場へ来い。道場やったら殴りやすいから。」と大声で言った。Bが一方的に亡Aを怒鳴りつけている間、亡Aは黙って聞いているだけであった。 第2回巡回後、Bよりも先に事務所に戻った亡Aは、Bから何もするなと言われていたものの、Cから巡回終了後の書類整理を行うように促されたことから、書類整理を開始した。遅れて事務所内に入ってきたBは、上記の亡Aの様子を認め、激怒し、「何もするな言うたやろ。殺すぞ。」と大声で怒鳴りつけた。これに対し、亡Aは黙っていた。その様子を見ていたD班長は、Bを事務所外に連れ出し、Bに対し、「言い過ぎや。亡Aが怖がっているやないか。」などと言って注意した。 亡Aは、第3回巡回中、前開集約(基地)に立ち寄った際、そのトイレで、過呼吸になり、しばらくしゃがみこんだ。Bは、第3回巡回後、事務所において、D班長に対し、亡Aについて「あいつは、もう使い物になりませんわ。」と発言した。この時、亡Aは、事務所の外の階段のところで、頭を抱えて座っていた。また、Eが、一人で下を向いて座っている亡Aに対して「どうした。」と声をかけたところ、亡Aが「駄目です。もう無理です。」と言ったので、Eは「どうしたんや。」と聞いたが、亡Aは、首を横に振って「駄目です。もう無理です。」の一点張りで、それ以上のことは何も言わなかった。 亡Aは、27日午後12時頃、自室からトイレに行く途中、廊下でFとすれ違った時、「明日行くのが怖いねん。殺されるかもしれへん。」と言った。Xは、28日午前7時頃、Bの部屋に行ったところ、Bが自室で縊死しているのを発見した。 Bの前記言動は、自らの怒りの感情を爆発させ、Bを怒鳴りつけたものであり、極めて理不尽な言動である。のみならず、「殺すぞ。」と怒鳴りつけた行為は、文字通り殺人行為が実行されるとの恐怖を相手方に抱かせるものとまではいえないが、亡AとBの従前の人間関係、本件夜勤におけるそれまでの出来事を含む具体的状況に照らせば、殴る蹴るなどの危害が加えられるかもしれないという畏怖の念ないし不安感を亡Aに抱かせるに足りる行為であったということができる。そして、Bの前記言動は、単発的に行われたものではなく、Bの第2回巡回前の言動、第2回巡回時の言動があった直後、連続的に行われたものであり、その時の亡Aには、Bの上記各言動により掛かった心理的負荷による影響が減少することなく残存していたと考えられる。このことからすれば、Bの前記の言動により亡Aに掛かった心理的負荷は、それが単発的に行われた場合より強いものとなったとみるのが合理的である。以上によれば、Bの前記言動によって、亡Aには、業務による強い心理的負荷が掛かったものと認められる。

【判例⑪】 東京高裁平成29年10月26日判決(●●市環境局職員事件)

[労判1172・26(損害賠償請求事件)]

(1)事案の概要

本件は、亡Aが、Y市の小学校に業務主任として勤務していた際、「うつ病、適応障害」の病名で病気休暇を取得し、職場復帰してから約半年後に異動して、Y市環境局施設部環境センター(以下「センター」という。)管理係の業務主任として勤務していたところ、指導係であったBからパワハラ(脅迫、暴力等)を受け続け、うつ病を悪化させ自死(自殺)したことから、亡Aの両親XらがY市に対し損害賠償請求の訴えを提起した事案である。

(2)判決要旨

亡Aは、①平成23年4月21日から同月24日にかけて、Xらに対し、Bから自動車の中で殴られたとして、脇腹を見せたところ、3か所に痣があり、同日、その痣の状況を撮影したこと、②同月25日、Eに対し、Bから暴力を受けていて、痣ができており、それを撮った写真があり、Bと業務のことでぶつかり、言葉の暴力等のパワハラを受けたことなどを訴えたこと、③同月29日には、大宮西警察署に電話をし、Bからパワハラを受けていると話した上、同年5月2日、同署の生活安全課を訪れ、応対した警察官に対し、Bから、今後、どの程度の暴行を受ければ事件として取り扱ってもらえるのかなどと相談したこと、④Fに宛てた同年7月11日付けの「入金(その他)の件について」と題する書面を作成し、その中で、Bは執務中公務外の私用に時間を費やしているなどとして、入金体制の変更を求めるとともに、Bから強烈なパワハラを受け、暴力も受け、警察にも相談した旨の記載をしたこと、⑤ 同年10月12日、その精神状態に悪化傾向が認められ、同月26日、●●クリニックのC医師に対し、自ら進んで、職場にストレスの元凶となる人物がおり、その人物は、とんでもない男で暴言及び暴力の多い3歳年上の先輩であって、仕事でペアを組まされていると述べたこと、⑥ 同年12月14日、Fに対し、体調不良を訴えた際、その原因はストレスであり、Bからパワハラを受けたことが原因であるなどと述べていたことなどが認められる。そして、⑦ B自身、亡Aに対するパワハラを否定する証言ないし陳述をしているものの、公用車で入金・両替業務をしていた際、亡Aの運転が荒いという理由で、亡Aの脇腹をつついたり、左手を押さえたりしたことがあったことを自認する証言をしている上、⑧ 本件センターの職場関係者は、Bについて、自己主張が強く協調性に乏しい人物であり、上司にも暴言を吐く、専任である計量業務の内容に関し、他者に引き継いだり、教えたりするのを拒否するなどと認識・評価していた上、同職場関係者の中には、Bから嫌がらせを受けた者がおり、また、Bの行動及び発言に苦労させられ、その結果、心療内科に通ったことがある者もいることなどを併せ考慮すれば、亡Aは、平成23年4月21日頃、Bから脇腹に暴行を受けたことは優に認定することができ、同年7月末頃まで、職場における優越性を背景とした暴言等のパワハラを継続的に受けていたものと推認することができる。 地方公共団体であるY市は、その任用する職員が生命、身体等の安全を確保しつつ業務をすることができるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負うものである。そして、…上記の安全配慮義務には、精神疾患により休業した職員に対し、その特性を十分理解した上で、病気休業中の配慮、職場復帰の判断、職場復帰の支援、職場復帰後のフォローアップを行う義務が含まれるものと解するのが相当である。また、安全配慮義務のひとつである職場環境調整義務として、良好な職場環境を保持するため、職場におけるパワハラ、すなわち、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景にして、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える行為又は職務環境を悪化させる行為を防止する義務を負い、パワハラの訴えがあったときには、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する指導、配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務を負うものというべきである。 本件においては、亡Aの上司であったEは、亡Aからパワハラの訴えを受けたのであるから、パワハラの有無について事実関係を調査確認し、人事管理上の適切な措置を講じる義務があるにもかかわらず、事実確認をせず、かえって、職場における問題解決を拒否するかのような態度を示し、Eから報告を受けたFも特段の指示をせず、…パワハラの訴えを放置し適切な対応をとらなかったものである。…このように、Y市には、亡Aのパワハラの訴えに適切に対応しなかったのであるから、職場環境調整義務に違反し、亡Aは自宅で自死したものというべきである。

【判例⑫】 名古屋高裁令和5年4月25日判決(津労働基準監督署長・●●電力事件)

[判例秘書(業務上外認定処分取消請求事件)]

(1)事案の概要

入社1年目の本件労働者亡Aが自殺したことについて、母であるXに対し労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金を不支給とした処分行政庁の処分を適法としてXの請求を棄却した一審判決を取り消し、同不支給処分を違法として取り消した事例です。 亡Aは、上司Bなどからしばしば業務指導の範囲を超え人格等も否定するような発言をされており、これによる心理的負荷を受けており、また、亡Aが主担当とされた業務の1つは、新入社員にとって難易度が高く、スケジュールもタイトで、先輩社員からの適切な指導や助言等がなく、亡Aが客先への中間報告を失敗して先輩社員が謝罪し、その後の社内における対応も亡Aを大きく混乱させるものであったから、これによる心理的負荷の程度は相当程度のものであった。したがって、上司Bなどのパワーハラスメントによる心理的負荷をベースとして、上記業務による相当程度の心理的負荷に、他の業務による心理的負荷を総合考慮すると、亡Aが本件会社の業務により受けた心理的負荷の程度は全体的評価としても「強」に該当するから、亡Aの精神障害の発病及びこれによる自殺には、業務起因性が認められるとした事例です。

(2)判決要旨

これらは、いずれも三井住友案件に関する出来事等であり相互に密接に関連し合うものであるから、心理的負荷の程度はこれらを一体として評価するのが相当である。三井住友案件は、そもそも新入社員にとっては難易度の高い業務であり、かつ、…引き継いだ当初からタイトなスケジュールで業務を進めざるを得ない状況になっていたものであり、亡Aとしては、業務の進め方自体も分からずにいるところ、参考となり得る適切な前例等の資料もなく、見本等を示されることもなく、それ以前から見よう見まねで書類等を作成しても駄目出しをされ、亡Aが真に理解できるような十分な説明や指導が必ずしもされていなかったという状況であったことを踏まえると、亡Aが受けていた心理的負荷の程度は少なくとも『中』に該当するものであったと認められるところ、中間報告の前後を含めた一連の出来事を通じて亡Aがさらに著しい心理的負荷を受けたと認められることを考慮すると、三井住友案件の業務に関して本件労働者が受けた心理的負荷の程度が『強』に該当することは明らかというべきである。 以上によれば、亡Aは、B課長から、平成22年10月9日の休日出勤の際に『お前なんか要らん』、『そんなんもできひんのに大卒なのか』などと言われて叱責されるほか、日々の業務等においても、同様のことを言われたり、大学名を馬鹿にされたりしていたと認められる。そして、これらの発言は、業務指導の範囲を逸脱するものであるほか、亡Aの人格や人間性を否定するものと評価し得るものであるから、これらの発言により亡Aが受けた心理的負荷の程度は、少なくとも『中』に該当すると認めるのが相当である。 以上検討したところによれば、亡Aが上司Bからしばしば業務指導の範囲を超え人格等も否定するような発言をされており、それによる心理的負荷の程度が少なくとも『中』に該当することをベースとして、亡Aが本件会社に入社してから本件自殺までの間に担当した業務のうち、技術振興センター案件により亡Aが受けた心理的負荷の程度は『中』に、三井住友案件により亡Aが受けた心理的負荷の程度は『強』にそれぞれ該当すると評価し得ることを総合考慮すれば、亡Aが本件会社における業務により受けていた心理的負荷の程度は、全体評価としても『強』に該当することは明らかというべきである。以上のとおり、亡Aは、本件会社における業務の遂行により「強」に該当する心理的負荷を受けたもので、亡Aの精神障害の発病及び本件自殺は、業務起因性が認められる。