No.158/パワハラ自殺の裁判例 ~その3~ (知らず知らずのパワハラ加害で思わぬ悲惨な結果を招かないために!)

No.158/2024.7.1発行
弁護士 福﨑 博孝

パワハラ自殺の裁判例 ~その3~
(知らず知らずのパワハラ加害で思わぬ悲惨な結果を招かないために!)

【判例⑦】 名古屋高裁平成22年5月21日判決(●●市役所職員うつ病自殺事件) [判例秘書(公務上外認定処分取消請求)]

(1)事案の概要

●●市役所福祉部児童課に課長として勤務していた亡Aが、初めての業務である異動後の児童課長としての肉体的精神的に過重な負荷を受けたことと、同部部長Bのパワハラによる心理的負荷を受けて、うつ病に罹患し、自死(自殺)に至ったことに関する、公務外認定処分の取消訴訟において、公務起因性がある認められた事案である。 部下に対する指導のあり方にパワハラという大きな問題のあったB部長のような上司の下で、児童課長として仕事をすることそれ自体による心理的負荷の大きさは、平均的な職員にとっても、うつ病を発症させたり、増悪させることについて大きな影響を与える要因であったと認められた。

(2)判決要旨

B部長は、●●大学法学部を卒業し、●●市役所に採用されており、亡Aと同期採用であったが、亡Aより学年齢が2つ下であった。B部長は、豊川市役所の中では、その抜群に高い能力、識見により、仕事において手腕を発揮して順調に昇進し、同期採用のトップを切って部長相当職に就き、健康福祉部の部長を務めていたが、その経歴において福祉部門の経験も豊富で、ケースワーカーの資格も有し、健康福祉部の仕事の細部にまで習熟していた。B部長は、市役所に勤務する公務員として、常に市民のため、高い水準の仕事を熱心に行うことをモットーとしており、実際、自ら努力と勉強を怠ることなく、大変に仕事熱心で、上司からも頼られる一方、部下に対しても高い水準の仕事を求め、その指導の内容自体は、多くの場合、間違ってはおらず、正しいものであったが、元来、話し方がぶっきらぼうで命令口調である上、声も大きく、朝礼の際などに、フロア全体に響き渡るほどの怒鳴り声で「ばかもの。」、「おまえらは給料が多すぎる。」などと感情的に部下を叱りつけ、それ以外に部下を指導する場面でも、部下の個性や能力に配慮せず、人前で大声を出して感情的、かつ、反論を許さない高圧的な叱り方をすることがしばしばあり、実際に反論をした女性職員を泣かせたこともあった。このような指導をしながら、B部長が部下をフォローすることもなかったため、部下は、B部長から怒られないように常に顔色を窺い、不快感とともに、萎縮しながら仕事をする傾向があり、部下の間では、B部長の下ではやる気をなくすとの不満がくすぶっており、このような不満は、健康福祉部の職員の間にもあった。 平成14年4月当時の児童課には重要な課題があり、それまで福祉部門の仕事をした経験のない亡Aにとっては、それによる心理的負荷が大きかったが、それとともに重要な点は、同人の上司である健康福祉部長が、福祉部門の仕事に詳しく、かつ、部下に厳しいB部長であったという点である。B部長の部下に対する指導は、人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないというものであり、それが部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えることもあるパワーハラスメントに当たることは明らかである。また、その程度も、このままでは自殺者が出ると人事課に直訴する職員も出るほどのものであり、B部長のパワハラは●●市役所内では周知の事実であった。…B部長の部下に対する指導が典型的なパワハラに相当するものであり、その程度も高いものであったといえる…このことは、B部長が主観的には善意であったかどうかにかかわらないことである。…確かに、B部長が仕事を離れた場面で部下に対し人格的非難に及ぶような叱責をすることがあったとはいえず、指導の内容も正しいことが多かったとはいえるが、それらのことを理由に、これら指導がパワハラであること自体が否定されるものではなく、また、ファミリーサポートセンター計画の件においては、D補佐の起案が国の基準に合致したものであったといえるにもかかわらず、B部長は、それを超えた内容の記載を求め続け、高圧的に強く部下を非難、叱責したものであって、このような行為が部下に対して与えた心理的負荷の程度は、大きいものというべきである。…以上のとおりであって、亡Aの自殺の公務起因性を検討すれば、亡Aが平成14年4月1日に児童課に異動した後に勤務に関して生じた一連の出来事は、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な職員にとっても、社会通念上、うつ病を発症、増悪させる程度の危険を有するものであり、亡Aのうつ病の発症、増悪から自殺に至る過程は、これらの業務に内在又は随伴する危険が現実化したものであるというべきであるから、本件における亡Aの自殺には公務起因性が肯定される。

【判例⑧】 札幌高裁平成25年11月21日判決(医療法人●●会事件) [判タ1419・106(損害賠償請求事件)]

(1)事案の概要

臨床検査技師が自死(自殺)したのは過重な業務によりうつ病を発症したことによるとして、遺族による使用者に対する安全配慮義務違反による損害賠償請求(約6000万円の賠償)が認められた事案であり、自死(自殺)に追い込むきっかけになったと思われるパワハラ的言辞が問題とされている。

(2)判決要旨

亡A子は、C、B、DらY病院の職員たちには、臨床検査技師の業務にまじめ、一生懸命に取り組み、勉強熱心であるが、おっとりした性格であり、積極的にミスをするというより、一度言われたことをなかなか覚えられない、仕事に対しては感情に波がなく、注意されて「しゅん」とすることはあるが、注意されたことを引きずる様子はないとみられていた。また、亡A子自身も、日記、ノートに、「次は絶対上手やるんだー」、「働き続ける限り日々勉強なんだなぁ」、「日々のたゆまぬ努力が必要」、「自分の技術をおとろえさせないために若いうちは努力すべき」などと記載したり、Dに対し、「半年経つのに自分だめ過ぎるって思って泣きまくってごめんなさい。でもなんとか自分を変えれるように、前言われたことや今日言われたことを、気を付けていきます。意地悪されてるとかは思ってないですので逆に有難いです」とのメールを送信して、臨床検査技師の業務に習熟しようと真摯に取り組む意欲をみせていた。なお、本件全証拠を検討しても、Y病院検査室で、亡A子、C、B、Dとの間に、いじめや感情的な対立など人間関係に問題があった様子はうかがわれない。 亡A子は、Y病院の新採用者オリエンテーション終了後、臨床検査科における業務を開始した。亡A子は、C又はBの指導の下で研修を受けながら、臨床検査科において扱っている検査項目のうち簡易なものから、扱うことができる検査項目を徐々に増やしていき、並行して既に収得した検査項目については、単独で検査を担当していた。…亡A子は、10月13日から17日まで、超音波検査を担当した。上司Cは、13日、亡A子が少し疲れているように感じたため、Dに確認したところ、特に感じないとのことであった。上司Cは、亡A子に対し、超音波検査の担当件数を減らすことを打診したが、亡Aは「頑張ります。」と応えたため、特に変更することはしなかった。…10月17日は、学会に出席するCと休日を取っていたDが不在となることから、亡A子とBが検査業務を担当する予定であり、亡A子もこのことを知っていた。Bは、同日朝の出勤時刻に亡A子が出勤して来なかったため、何度か携帯電話に電話したが、A子は電話に出なかった。そこで、Bは、上司Cにその旨連絡したところ、上司Cは、Y病院にすぐに駆け付け、Bとともに検査業務を行った。上司Cは、何度も亡A子に電話したものの、亡A子は電話に出なかったことから、亡A子が遅刻することが許されない日に遅刻したことに立腹して、亡A子に対し、「早く起きろ、ばかもの、死ね。」というメッセージを携帯電話の留守電に残した。…Xらは、10月18日亡A子が死亡(自殺)しているのを発見した。 上司Cは、亡A子について、1年先輩であるBと比べると検査業務の習熟が少し遅く、技術的な能力も劣っているが、検査業務に対してのひらめきについてはBよりも優れていると評価するとともに、新人の臨床検査技師としては普通であると評価していた。…本件自殺の1か月前では、本件残留時間のうち本件就業準備時間を除く部分の大部分は本件自習時間であったと認められる。そして、本件自習時間では、亡A子が新しく担当することとなった超音波検査の知識、技術を習得するとのY病院における業務と密接に関連する自習がされていたと認めるのが相当であるから、本件自習時間は、本件自殺の1か月前に限ってみれば、少なくとも過重負荷の評価において労働時間とみるのが相当である。したがって、亡Aは、この期間においては、精神疾患発症が早まるとされる1か月あたり100時間とほぼ見合う、本件参考時間(約96時間)と同程度の時間外労働をしていたことになる。そうすると、亡A子が担当していた頚部、心臓の超音波検査は、…亡A子にとっては、超音波検査の研修、担当をすることによる心理的負荷が大きかったであろうと推認される。 このような事情のほか、同日の勤務では落ち込んでいる様子が見られていたことも併せ考慮すると、時間に几帳面、責任感の強い様子が見られていた亡Aが、他に勤務する者がBだけの日に、2時間近く遅刻しただけでなく、日頃、深夜まで自分に付き添い、指導していた上司Cからの「早く起きろ、ばかもの、死ね」とのそれだけでパワーハラスメントと評価し得る本件メッセージを聞いたことで、強度の心理的負荷を受けたことは容易に推認できる。…Y病院における業務による心理的負荷が過度に蓄積したことにより、うつ病エピソードを発症し、その影響により本件自殺に至ったと認めるのが相当であり、Y病院における亡A子の業務と本件自殺との間に相当因果関係が認められる。

【判例⑨】 広島高裁松江支部平成27年3月18日判決(公立●●病院事件) [判時2281・43(損害賠償請求事件)]

(1)事案の概要

XらがYらに対し、Y3公立病院に勤務していた亡A医師(Xらの子)が、同病院における過重労働や上司Y1医師、Y2医師からのパワハラによりうつ病を発症し自死(自殺)に至ったとして損害賠償請求訴訟が提起され、合計9000万円を超える賠償が認められた事案です。すなわち、本判決においては、本件病院において、自死(自殺)した亡A医師が従事していた業務は、それ自体、量的にも質的にも相当程度過重なものであったばかりか、そのうえに、上司であるY1医師および同Y2医師によるパワハラを継続的に受けていたことが加わり、これらが重層的かつ相乗的に作用して一層過酷な状況に陥ったものと評価できるとされ、当該過重業務やパワハラが亡Aに与えた心理的負荷は非常に大きく、同人と職種、職場における立場、経験等の点で同等の者にとっても、社会通念上客観的にみて本件疾病を発症させる程度に過重であったと評価せざるを得ないから、これらの行為と本件疾病との間には優に相当因果関係が認められ、本件自殺は本件疾病の精神障害の症状として発現したと認めるのが相当であり、パワハラ等と本件自死(自殺)との間の相当因果関係も認めることができるとされました。 また、Y3病院(幹部医師ら)は、新人医師にとって本件病院での勤務が過酷であることや上司Y1、Y2らのパワハラを認識しながら、何らの対策を講じることなく、新人医師亡Aに我慢してもらい、半年持ってくれればよい、持たなければ本人が派遣元の大学病院に転属を自ら申し出るだろうとの認識で放置していたことすらうかがわれることから、Y1病院には亡Aの心身の健康に対する安全配慮義務違反が認められるとされています。

(2)判決要旨

亡Aの時間外勤務時間は、10月は205時間50分、11月は175時間40分、自殺前3週間では121時間36分、自殺前4週間では167時間42分に及んでいたもので、いずれも臨床上、心身の極度の疲弊、消耗を来たし、うつ病等の原因となる場合に該当するとされる伏況であったと評価し得る。 亡Aは、本件病院赴任前に外来診察の経験が乏しかったことや、そのために現実に診察に長時間を要していたことを考慮すると、同人に相当程度重い心理的負荷が生じるに十分な診察患者数であったといわざるを得ない。 そして、手術の際に、被告Y2が「田舎の病院だと思ってなめとるのか」と言ったこと、並びに、被告Y1が亡Aに対し、その仕事ぶりでは給料分に相当していないこと及びこれを「両親に連絡しようか」などと言ったことなどについては、各行為の前後の状況に照らしても、社会通念上許容される指導又は叱責の範囲を明らかに超えるものである。被告Y2や同Y1は、経験の乏しい新人医師に対し通常期待される以上の要求をした上、これに応えることが出来ず、ミスをしたり、知識が不足して質問に答えられないなどした場合に、患者や他の医療スタッフの面前で侮辱的な文言で罵倒するなど、指導や注意とはいい難い、パワハラを行っており、また質問をしてきた新人医師を怒鳴ったり、嫌みをいうなどして不必要に萎縮させ、新人医師にとって質問のしにくい、孤立した職場環境となっていたことは容易に推認することができる。 以上を総合すると、本件Y3病院において、亡A医師が従事していた業務は、それ自体、心身の極度の疲弊、消耗を来たし、うつ病等の原因となる程度の長時間労働を強いられていた上、実質的にも医師免許取得から3年目で、整形外科医としては大学病院で6か月の勤務経験しかなく、市井の総合病院における診療に携わって1、2か月目という亡A医師の経歴を前提とした場合、相当過重なものであったばかりか、Y1医師やY2医師によるパワハラを継続的に受けていたことが加わり、これらが重層的かつ相乗的に作用して一層過酷な状況に陥ったものと評価される。 亡A医師の時間外労働は、それ自体で本件疾病(うつ病)の発症を余儀なくさせ、亡A医師のストレス対応能力の低下やそれによる負荷もより強く感じさせる程度のものであり、Y2医師及びY1医師のパワハラに相当高い精神的負担を感じていたことが分かる。そして、Y2医師及びY1医師の亡A医師に対する威圧ないし侮辱的な言動は、自殺の直前まで継続し、亡A医師を精神的・肉体的に追い詰める状況が改善・解消したものとは認められないことからすれば、過重業務やパワハラが亡A医師に与えた心理的負荷は非常に大きく、同人と職種、職場における立場、経験等の点で同等の者にとっても、社会通念上客観的にみて本件疾病を発症させる程度に過重であったと評価せざるを得ないから、これらの行為と本件疾病との間には優に相当因果関係が認められる。そして本件疾病のエピソードとして自殺観念や行動が挙げられ、本件全証拠によっても、亡A医師が本件疾病と無関係に本件自殺に至ったと認めるに足りないことからすれば、本件自殺は本件疾病の精神障害の症状として発現したと認めるのが相当であり、上記各行為と本件自殺との間の相当因果関係も認めることができる。