No.157/パワハラ自殺の裁判例 ~その2~ (知らず知らずのパワハラ加害で思わぬ悲惨な結果を招かないために!)
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No.157/2024.6.17発行
弁護士 福﨑 博孝
パワハラ自殺の裁判例 ~その2~
(知らず知らずのパワハラ加害で思わぬ悲惨な結果を招かないために!)
【判例④】 福岡高裁平成19年10月25日判決(●●製作所〔うつ病自殺〕事件) [労判955・59(損害賠償請求事件)]
(1)事案の概要
Y社に勤務していた亡A(当時24歳)が自殺(自死)した件について、亡Aの相続人Xらが、Y社において連日過重な肉体的・心理的に負荷の高い長時間労働等よりうつ病に罹患し、さらに、上司の叱責等が原因となって自死(自殺)したとして、Y社に対して損害賠償を求めた事案である。
(2)判決要旨
「不良発見時・即ライン停止行動」と題する書面を深夜3時ころまで自宅で作成していること、社内品質トラブル対策書は同月6日に発生した員数不足の不具合が同月7日(日曜日)に発覚したため、同月8日までに急遽作成しなければならなくなったものと認められることからすると、これらの書面作成によって、単にその枚数・記入箇所だけでは評価し尽くし難い負荷が亡Aに掛かったものといえる。上記対策書等は、不具合発生当日又は翌日までには作成しなければならなかったことなどからしても、対策書等の作成によって相当程度の負荷が亡Aに掛かったものといえる。さらに、平成14年4月1日以降、対策書等の書面作成を亡A自身が行っていなくとも、不具合が生じた場合に製造課2課組立2係2班の従業員が書面作成を行う場合に、作成者とともに、リーダーである亡Aが助言等しながらこれに関わっていたことなどからすれば、亡A自身が作成していない対策書等の書面作成においても、亡Aに相当程度の負荷があったものといえる。 また、亡Aは平成14年4月1日からリーダーに昇格し、各職務に従事することとなった。…本件会社がその対応に苦慮していた状況の中で現場のリーダーである亡Aに日常的に様々な圧力が掛かっていたことは容易に想像されること、平成14年4月15日、塗装班に新入社員であるCが加入しているが、リーダーとして、実際にCを指導していく必要があったこと等を勘案すると、リーダーの地位に就いたことによる亡Aへの心理的負荷も相当に大きかったものとみられる。 (B係長による叱責)B係長は、亡Aを含め、塗装班の従業員がミスを犯すなどしたときに、「ばかじゃなかとや」、「死んだ方がよかじゃなか」などといった言葉で以前から叱責をしていたことが認められる。他方、B係長は叱責するだけでなく、ときに従業員をほめることによりその育成を図ってきたものと思われること、さらに亡Aの体調を気遣う言葉をかけてきたことが認められることからなどの点からすると、B係長に、亡Aに対する悪意はなく、むしろ亡Aへの期待があったこともうかがわれる。そうだとしても、特に平成14年4月1日以降の亡Aの勤務状況は明らかに過酷なものであり、そのような状況の下、B係長による叱責は、結果として、亡Aを追いつめる一要因になったものということができる。【注】
【注】 パワハラには「悪意がない場合」も多くみられます。しかし、悪意がない場合でも、そのパワハラ言動がきっかけとなって部下が自殺することもあります。本件裁判例はそのような事案です。医療機関内で起きた類似の事案として【判例⑧】の札幌高判平成25・11・21判タ1419・106があります。この事案は、臨床検査技師が自殺したのは過重な業務によりうつ病を発症したことによるとして、遺族の使用者に対する安全配慮義務違反による損害賠償請求が認められたものですが、その中では、「時間的に几帳面、責任感の強い亡A子が、他に勤務する者がB子だけの日に、2時間近く遅刻したことから、日頃、深夜まで自分に付き添い、指導していたCからの『早く起きろ、ばかもの、死ね』との、それだけでパワーハラスメントと評価し得る本件メッセージを聞いたことで、強度の心理的負荷を受けたことは容易に推認できる。」と判示されており、指導的立場にあったCの「悪意のない叱責」が、亡A子が自死(自殺)に至るエピソード(原因)の1つとされています。
【判例⑤】 福岡高裁平成20年8月25日判決(海上自衛隊員自殺事件) [判例時報2032・52 (損害賠償請求事件)]
(1)事案の概要
海上自衛隊員であった亡Aが、S護衛艦乗艦中に自死(自殺)したことについて、その両親Xらが、①亡Aの自死(自殺)は上官らのいじめが原因である、②国Yには亡Aの自死(自殺)を防止すべき安全配慮義務違反がある等と主張し、国Yに対し、国家賠償法に基づき損害賠償等を求めた。 第1審判決はXらの請求をいずれも棄却したため、Xらはこれを不服として控訴し、結果、控訴一部認容。Xらに対し慰謝料350万円。
(2)判決要旨
亡Aの上官B班長が、指導の際に亡Aに対し、「お前は三曹だろう。三曹らしい仕事をしろよ。」、「バカかお前は。三曹失格だ。」などの言辞を用いて半ば誹謗中傷していたと認めるのが相当であり、亡Aは、家族や同期友人にB班長の誹謗する言動を繰り返し訴えるようになった。これらのB班長の言辞は、それ自体亡Aを侮辱するものであるばかりでなく、経験が浅く技能練度が階級に対して劣りがちである曹候補生出身者である亡Aに対する術科指導等に当たって述べられたものが多く、かつ、閉鎖的な艦内で継続的に行われたものであるといった状況を考慮すれば、亡Aに対し、心理的負荷を過度に蓄積させるようなものであったというべきであり、指導の域を超えるものであったといわなければならない。また、亡Aの人格自体を非難・否定する言動で、階級に関する心理的負担を与え、劣等感を不必要に刺激する内容であったのであって、違法性は阻却されない。 B班長は、国Yの履行補助者として、亡Aの心理的負荷等が蓄積しないよう配慮する義務とともに、亡Aの心身に変調がないかについて留意して亡Aの言動を観察し、変調があればこれに対処する義務を負っていたのに、上記言動を繰り返したのであって、その注意義務(安全配慮義務)に違反し、国家賠償法上違法というべきである。
【判例⑥】 釧路地裁平成21年2月2日判決(●●町農業協同組合事件) [労働判例990・196(損害賠償請求事件)]
(1)事案の概要
本件は、Y農協の販売部青果課に勤務していた亡Aが係長昇格後に自死(自殺)した件につき、亡Aの妻Xらが、亡Aには過重な業務負担があり、そのため夜遅くまでの残業や早朝出勤、休日出勤を重ね、長時間労働を余儀なくされ、また、自死(自殺)前日の上司B課長による叱責は、相当の長時間にわたる厳しいものであったことから、亡Aをして精神病に罹患させ、自死(自殺)に至らしめたものであり、Y農協には安全配慮義務違反があると主張して、Y農協に対し損害賠償の支払を求めた事案である。これに対し裁判所は、Y農協の安全配慮義務違反と亡Aの自死(自殺)との間には因果関係があり、Y農協は不法行為責任を負うとして、遺族らへの損害賠償請求が命じた事案です。
(2)判決要旨
亡Aは、平成17年5月14日、遅くとも午前7時26分までに出勤した。…亡Aが、ため息をついたり泣き言を言っていたことから、B課長は、亡Aに対し、「どうした?」と尋ねると、亡Aは、「仕事が一杯たまっていて・・・。」と返答した。そこで、B課長は、亡Aに対し、抱え込んでいる仕事を列挙させたところ、亡Aは、十数項目に及ぶ未済案件を申告した。その中には、電話発注1本で終わるような単純な業務も含まれていた。B課長は、亡Aが抱え込んでいる仕事のほとんどが、同人が担当すべき仕事ではないと判断し、仕事をためないように、担当に仕事をちゃんと渡すように、引き継ぐべき仕事は早く引き継ぐように、などと厳しい口調で叱責した。B課長の叱責は、一時的に中断していた間はあったものの、断続的に、約3時間にもわたった。B課長は、同日午後4時ころ退勤する際にも、亡Aに対し、「こんなこともできない部下はいらんからな。」などと厳しい口調で叱責した。 亡Aは、平成17年5月14日午後8時ころ、帰宅した。この際、亡Aは、Xが見たこともないような泣きそうな顔をしていた。亡Aは、Xに対し、がっくりとうなだれて「課長に怒られたんだ。今悩んでいること書き出してみろと言われて書き出してきたんだ。」「今、係長としてのお前の仕事はこれだけだ、新人に任せないからこんなに大変になるんだ、新人に業務分担しろって怒られたんだ。」などと覇気なく説明した。亡Aは、翌5月15日午前5時10分ころに出勤し、同日午前6時ころ、4号倉庫2階ギャラリー部においてロープで自らの首をつって自殺した。 亡Aの業務量は、前任の係長の入院、その後準職員2名が交通事故に遭い休んだため業務量が増加し、長時間労働になり、残業時間が平成16年8月には90時間、同年9月に77時間にも上っていた。Y農協の杜撰な時間管理、長時間労働及び困難な業務で疲れきっている亡Aに対し、Y農協は、過重な労働に対する認識の甘さから何ら対応を講じていない。さらに、亡Aの精神状態を考慮することなく、上司の3時間にも及ぶ叱責は、被告がメンタルヘルスの管理を怠っていたことを示すものであり、被告の支援・協力態勢の欠如が認められることから「出来事に伴う変化等」の心理的負荷は「特に過重」であると判断できる。亡Aの心理的負荷の強度の評価は総合判断が「強」であることが判断できる。亡Aは業務による心理的負荷が原因となって「精神病症状をともなわない重症うつ病エピソード」に陥り自殺したものと判断できる。