No.156/パワハラ自殺の裁判例 ~その1~(知らず知らずのパワハラ加害で思わぬ悲惨な結果を招かないために!)

No.156/2024.6.3発行
弁護士 福﨑 博孝

パワハラ自殺の裁判例 ~その1~
(知らず知らずのパワハラ加害で思わぬ悲惨な結果を招かないために!)

(はじめに)

知らず知らずのうちにパワハラ加害を行ったとしても、そのパワハラ加害行為によって、被害者はメンタルヘルスを害され、適応障害を引き起こし、うつ病にり患してしまうこともあります。しかも、稀有なケースではあるでしょうが、そのり患したうつ病を原因として、その被害者が自死(自殺)を選んでしまうという最悪の悲惨な事態になってしまうことさえあります。パワハラ加害者が、そのようなことを望んでいないとしても、また、予期していないとしても、このような現実が突き付けられることがあるのです。 昨今、パワハラ講演や研修をしていると、また、パワハラ事件を多く扱っていると、何度もパワハラが問題となりそれを指摘されているのに、「自分の言動はパワハラではない」と言い張り、改善をしようとしない加害行為者がいます。また、部下の精神的弱さを一切顧みずに、部下の指導・教育・管理のために酷いパワハラ言動を続ける上司もいます。部下の精神的な弱さを考えておかないと、思ってもいなかった結末が待っていることがあるのです。 以下では、そのような被害者にとっては勿論のこと、パワハラ加害者にとっても悲惨で残酷な結果(自死・自殺)となってしまった裁判例を紹介します。人は誰も自らの言動がその相手方に死を選ばせるということを想定していないはずです。しかし、パワハラ言動を繰り返すと、そのような残酷な事態に陥ってしまうことがあります。そのことを認識してもらうために、パワハラ言動が自死(自殺)を導いた裁判例を紹介しておきたいのです。いずれにしても、部下等を死に追い立てたパワハラ加害者は、一生涯そのことと向き合っていかなくてはならなくなることを考えておかなければならないのです。 (本稿から4回に分けて12件の裁判例を紹介します。)

【判例①】 東京高裁平成15年3月25日判決(●●市水道局いじめ自殺事件) [労働判例849・87(損害賠償請求事件)]

(1)事案の概要

Xらの長男である亡AがY市の水道局工業用水課に勤務中、同課の課長、係長、主査のいじめ、嫌がらせなどにより精神的に追い詰められて自殺(自死)したとして、XらがY市に対し国家賠償法又は民法715条に基づき損害賠償を、課長、係長、主査に対し、民法709条等に基づき損害賠償を求めた。 結果、第1審は請求の一部を認容、Y市はXらにそれぞれ逸失利益等約1173万円。XとY市がそれぞれ控訴したが、各控訴棄却。

(2)判決要旨

課長ら3名が、亡Aが女性経験がないことについての猥雑な発言や亡Aの容姿について嘲笑したこと、主査が果物ナイフを亡Aに示し、振り回すようにしながら「今日こそは切ってやる。」などと脅すようなことを言ったことなどの行為を執拗に繰り返し行った。言動の中心は主査Bであるが、課長C、係長Dも主査Bが嘲笑したときには、大声で笑って同調していたものであるから、これにより、亡Aが精神的、肉体的に苦痛を被ったことは推測しうるものである。以上のような言動、経過などに照らすと、課長ら3名の上記言動は、亡Aに対するいじめというべきである。また、いじめを受けたことにより心因反応を起こし、自殺したものと推認され、その間には事実上の相当因果関係があると認めるのが相当である。 Y市には、市職員の職務行為から生ずる危険だけでなく、ほかの職員からもたらされる生命、身体等に対する危険についても、具体的状況の下で、加害行為を防止し、被害職員の安全を確保して職場における事故を防止すべき注意義務がある(安全配慮義務)と解される。精神疾患に罹患した者が自殺することはままあることであり、Aの訴えを聞いた上司が適切な措置を講じていればAが職場復帰し、自殺に至らなかったと推認できるから、Y市の安全配慮義務違反とAの自殺には相当因果関係を認めるのが相当であり、Y市は、安全配慮義務違反により、国家賠償法上の責任を負うというべきである。

【判例②】 さいたま地裁平成16年9月24日判決(●●共済病院いじめ自殺事件) [労働判例883・38(損害賠償請求事件)]

(1)事案の概要

Y1病院(ベッド数99床の病院で、平成13年当時、医師数名、女性看護師外来に十数名、病棟に約20名、男性看護師全体で5名、その他レントゲン技師らが数名)で勤務する男性看護師亡Aが、職場の先輩であるY2らのいじめ(Y2の家の掃除、Y2の車の洗車、Y2の風俗店へ行く際の送迎、Y2の「死ねよ」、「殺す」等の発言等)が原因で自死(自殺)したとして、亡Aの両親であるXらが、Y1病院に対し雇用契約上の安全配慮義務違反による債務不履行責任を理由に、Y2に対しいじめ行為による不法行為責任を理由に損害賠償請求を求めた(つまり、XらはY1病院に対して慰謝料各250万円の請求を、また、XらはY2に対して慰謝料各500万円の請求を求めた。)。

(2)判決要旨

Y2は、自ら又は他の男性看護師を通じて、亡Aに対し、冷やかし・からかい、嘲笑・悪口、他人の前で恥辱・屈辱を与える、たたくなどの暴力等の違法な本件いじめを行ったものと認められるから、民法709条に基づき、本件いじめによって亡Aが被った損害を賠償する不法行為責任がある。 Y2らの亡Aに対するいじめはしつよう・長期間にわたり、平成13年後半からはその態様も悪質になっていたこと、平成13年12月ころから、Y2らは、亡Aに対し、「死ねよ。」と死を直接連想させる言葉を浴びせていること、亡Aも、Bに対し、自分が死んだときのことを話題にしていること、更に、他に亡Aが本件自殺を図るような原因は何ら見当たらないことに照らせば、亡Aは、Y2らのいじめを原因に自殺をした、すなわち、本件いじめと本件自殺との間には事実的因果関係があると認めるのが相当である。 Y1病院は、Aに対し、雇用契約に基づき、信義則上、労務を提供する過程において、亡Aの生命及び身体を危険から保護するように安全配慮義務を尽くす債務を負担していたと解される。Y2らの亡Aに対するいじめは3年近くに及んでいるなど、Y1病院は本件いじめを認識することが可能であったにもかかわらず、これを認識していじめを防止する措置を採らなかった安全配慮義務の債務不履行があったと認めることができる。

【判例③】 東京地裁平成19年10月15日判決(静岡労基署・●●化学事件) [労働判例950・5(業務上外認定処分取消請求事件)]

(1)事案の概要

Xの夫亡Aが自死(自殺)したのは、亡Aが勤務していた●●化学㈱(以下「本件会社」)における業務に係る上司B係長のパワハラ言動によって精神障害を発症し自死(自殺)したものであるとして、Xが静岡労働基準監督署長に対し労災保険法に基づく遺族補償給付の支払を請求したところ、同署長がこれを支給しない旨の処分(以下「本件処分」)をしたので、Xがその取消しを求めたものである。なお、本件会社は、医薬品の製造、販売等を業とする東証一部の株式会社である。

(2)判決要旨

B係長は、単純で一途な性格であり、相手の言うことを最後まで聞かず、大きな声で一方的に、しかも相手の性格や言い方等に気を配ることなく上司にも部下にも傍若無人にしゃべることから、癖が強いという印象を持たれ、損をしている。仕事でも一生懸命であり、営業職としての業績は順調であるが、一つのことにのめり込んでしまう傾向もある。ただし、害意をもって、人をいじめたりするような性格ではない。部下との間では、ものの言い方から口論になる等、衝突することが多かった。言い返すような性格の部下であればともかく、そうでない者にとっては、きつく感じ、傷つく可能性がある。また、前後を考えないで決めつけたようなものの言い方をし、個人攻撃にわたることもあった。自分の仕事はよくできるものの、部下に対する指導の面において、どうすれば解決できるかという建設的な方向性ではなく、直截なものの言い方で単に状況だけをとらえて否定的な発言をするとも受け取られる面があるため、相談を持ちかけにくく、部下や若い人からは、人気がなかった。 亡Aが精神障害を発症した平成14年12月末~平成15年1月の時期までに亡Aに加わった業務上の心理的負荷の原因となる出来事としては、B係長の亡Aに対する発言を挙げることができる。そして、B係長による亡Aに対する発言を列挙すると、「①存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している。おまえのカミさんも気がしれん、お願いだから消えてくれ。②車のガソリン代がもったいない。③何処へ飛ばされようと俺は亡Aは仕事しない奴だと言い触らしたる。④お前は会社を食いものにしている、給料泥棒。⑤お前は対人恐怖症やろ。⑥亡Aは誰かがやってくれるだろうと思っているから、何にも堪えていないし、顔色ひとつ変わってない。⑦病院の廻り方がわからないのか。勘弁してよ。そんなことまで言わなきゃいけないの。⑧肩にフケがベターと付いている。お前病気と違うか。」などである。 以上のとおり、亡Aは、平成14年12月末~平成15年1月中に精神障害(その診断名は、発症当初の時点では適応障害、そして、同月段階では軽症うつ病エピソード。)を発症したところ、亡Aは、発症に先立つ平成14年秋ころから、上司であるB係長の言動により、社会通念上、客観的にみて精神疾患を発症させる程度に過重な心理的負荷を受けており、他に業務外の心理的負荷や太郎の個体側の脆弱性も認められないことからすれば、亡Aは、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、上記精神障害を発症したと認めるのが相当である。 以上からすると、精神障害を発症した亡Aは、当該精神障害に罹患したまま、正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され、この評価を覆すに足りる特段の事情は見当たらないから、亡Aの自殺は、故意の自殺ではないとして、業務起因性を認めるのが相当である。