No.148/人生の最終段階における医療行為とインフォームド・コンセント(ガイドラインの重要性)(その9)(追記) DNAR指示のあり方についての勧告(日本集中治療医学会)

目次

No.148/2024.2.1発行
弁護士 福﨑博孝

人生の最終段階における医療行為とインフォームド・コンセント(ガイドラインの重要性)(その9)
(追記) DNAR指示のあり方についての勧告(日本集中治療医学会)

第8 DNAR指示のあり方についての勧告

(はじめに)

DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)指示については、当法律事務所の臨床医療法務だより№134の「人生の最終段階における医療行為とIC(ガイドラインの重要性)(その4)第3 救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~」(5頁【注22】)で少し触れています。そこでは、「この点に関するもので、蘇生措置拒否(DNAR)があります。これは尊厳死の概念に相通じるもので、がんの末期、老衰、救命の可能性がない患者などで、本人又は家族の希望で心肺蘇生措置(CPR)を行わないことを意味し、医療者の立場では同意書をとることが必要になります。」と説明していましたが、少し舌足らずでした。確かに、DNAR(蘇生措置を行わないこと)において、患者又は家族から同意書をとっておられる病院も多いようですが、基本的にはDNARは、日本集中治療医学会倫理委員会が指摘する通り、「患者の自律尊重(自己決定)に基づき、心停止時に心肺蘇生を実施しない旨を述べた医師の指示である」(日集中医誌2017;24:217.)ということになります(【注1】)。しかし同委員会は、さらに、「DNARは医師が出す指示であるが、心肺停止に際して心肺蘇生を施行しないという患者の自律に基づく自己決定として捉えるべきであり、事前指示(アドバンス・ディレクティブ)と深くかかわっている。しかし、本邦の現状を考慮すると、DNARは患者および家族と医師をはじめとする医療従事者(医療・ケアチーム)が、最善の医療とケアを作り上げるプロセスを通じて合意形成に至ることが望ましく、医師の指示ではなく、合意形成結果を関連する全ての人々が共有するものと捉えるべきである。」(日集中医誌2017;24:217)と説明しています。したがって、通常のインフォームド・コンセントとほぼ異なるところはなく、同意書をとるということもあり得ますが、重要なことは「その十分な説明と患者・家族の理解・納得」ということになり、そのことを丁寧に診療記録に記載しておく必要があり、同意書をとるならばそのことが前提となります。そして、それを進化させたACP(アドバンス・ケア・プラニング)やSDМ(シェアード・デシジョン・メイキング)と深く関りを持つこととなります(【注2】)。いずれにしても、「DNAR指示のあり方についての勧告」(いわゆる「勧告」)は、その分野におけるガイドラインとして必ず知っておくべきものであり、以下では、その内容について説明していきたいと思います。

【注1】日本集中治療医学倫理委員会の丸藤哲委員長(当時)へのインタビュー記事では、DNAR指示について、「DNAR指示は本来、悪性腫瘍の末期など、CPRの適用がない患者が尊厳を保ちながら死にゆく権利を守るために『心停止時にCPRをおこなわないように』とするための指示である。」(日経メディカル2017/02/06)としておられます。

【注2】ところで、「DNARの指示にあり方についての勧告2.」では、「DNAR指示と終末期医療は同義ではない。DNAR指示にかかわる合意形成と終末期医療実践の合意形成はそれぞれ別個に行うべきである。」とされていますが、これは上記の「DNARは、患者および家族と医師をはじめとする医療従事者(医療・ケアチーム)が、最善の医療とケアを作り上げるプロセスを通じての合意形成である」ということを前提とするものです。そしてこれは、‟終末期医療の差控えや中止”と‟DNAR”とが連続性のある近い関係にあることから、DNAR指示が誤用され心肺停止前の終末期医療の差控えや中止にまで拡大解釈されて安易に利用されている懸念があることを危惧したものといえます。終末期において患者にとっての最善の治療を行ったにもかかわらず、原疾患の進行で心停止になった場合には、患者の意思に従い(DNAR指示によって)心肺蘇生を行わないということがあったとしても、その他の終末期医療における延命措置についてまでDNAR指示によって差し控えたり中止したりすることはないということなのです。

1.DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の考え方(日本集中治療医学会 日集中医誌2017;24:210-5)

日本集中治療医学会倫理委員会は、平成29年(2017年)、「DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)指示のあり方についての勧告」を発表するとともに、 「DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の考え方(以下「考え方」といいます。)」も一緒に公表しています。その「考え方」については、以下のような記述があり(日集中医誌2017;24:210-5)、「Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指示のあり方についての勧告」を理解するうえで非常に重要なものとなっています。

(1) American Medical Association(AМA)の1991年ガイドライン

1960年に閉胸式心マッサージが日常臨床に導入され、心停止時に心肺蘇生(CPR)が一般的に行われるようになった。しかし、1960代後半になると蘇生の可能性がほとんどない患者に一律的にCPRを実施することへの懸念が報告され…これがDo Not Resuscitate(DNR)指示であり、死が不可避であり蘇生の努力が無益と考えられる状態のようにCPRの適応のない場合があることに言及し、CPRの適応がない場合はその旨を診療録に明記し、医療従事者が情報共有すべきであると記載している。この報告後、心停止に至る前にCPRの適応を決める必要性が議論されるようになったが、1980年代には繰り返しDNR指示への疑問が呈される状況が続いていた。American Medical Association(AМA)が1991年に公表したDNR指示に関するガイドラインは、①心停止に関して患者と医師が事前に話し合いを持つ必要性があること、②指示は患者の願望(preference)に基づくべきであること、③患者が意思表明をできない場合は、患者の最善の利益(best interest)を考慮した上での代理判断者を許容すること、④指示内容は診療録へ記載すること、⑤指示は心停止時のみ有効であり、その他の治療内容に影響を与えてはいけないこと、⑥指示に関連する全ての者が指示の妥当性を繰り返し評価すること、などを推奨している。患者の願望は患者の自律尊重(autonomy)を基本とした自己決定と言い換えられるようになったが、このガイドラインはDNRの考え方と実践の基本を提示したものとして非常に重要である(【注3】)。(210~211頁)

【注3】上記倫理委員会の丸藤哲委員長(当時)へのインタビュー記事では、「米国医師会(AMA)が1991年に公開したDNR(Do Not Resuscitate)指示に関するガイドラインでも、「指示は心停止時のみ有効であり、その他の治療内容に影響を与えてはいけない」ことを推奨している。数年ごとに改訂されてきた「 Guidelines CPR and ECC」も、AMAのガイドラインを踏襲してきた。中でも、『ICU入室を含め得て栄養、輸液、酸素、鎮痛・鎮痛薬、抗不整脈薬、昇圧薬など具体的な治療名をあげて、DNR指示により自動的にこれらの不開始、差し控え、中止をすべきではない』と繰り返し記載されてきたことは特に重要である。」(日集中医誌2017;24:208-9)とされています。

(2) Guidelines CPR and ECC

(これは)今日まで数年ごとに改訂出版されてきた。その中でethicsに一章をあてDNRに関する言及を繰り返しているが、その内容は1991年のAMAガイドラインを忠実に踏襲していることに注目すべきである。なかでも、CPR以外の全ての医療を遅滞なく速やかに実施すべきこと、具体的治療名をあげて、DNR指示により自動的にこれらの不開始、差し控え、中止をすべきではないと繰り返し記載されていることは重要である。…その上で、DNRではなく、‟CPRのみ”を実施しないことを意味するNo-CPRの使用を推奨した。 Guidelines2000ではDNRに替わる言葉として、Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)が推奨され、 Guidelines2010ではDNARに替わりAllow Natural Death(AND)が使用される機会が増えている。このようにDNARの概念は欧米を主体に形成されてきた経緯があり50年近い歴史を持つが、その実践に関してのみならず、法的・倫理的課題を含めて現在でも多くの議論が行われている。(211頁)

(3)わが国でのDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)

1980年代に‟蘇生を行わないという指示”としてDNRが紹介されたが、…2000年代初頭から、終末期医療における倫理的・法的諸問題解決に向けて多くの議論が行われるようになった。このような状況下、終末期医療のあり方について患者・医療従事者ともに広く同意が得られる基本的な点について確認をし、それをガイドラインとして示すことがより良き終末期医療の実現に資するものとして、2007年に厚生労働省が「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を公表した。この公表以降、多くの医学会から医療・ケアの意思決定プロセスあるいは話し合いのガイドラインが発表された。いずれもこの厚生労働省ガイドラインを踏襲しており、終末期医療では患者本人による決定を基本としたうえで、患者と医療・ケアチームの話し合いに基づく意思決定プロセスを重視する考え方が主流となっている。…終末期医療の考え方とその医療決定における合意形成過程を学び経験する中で、1994年に実施したアンケート調査で明らかになった終末期医療に深く関連するDNAR指示の諸問題は解決されたように思われた。しかし、最近日常臨床の現場では決してそうではなく、DNAR指示が多くの混乱を引き起こしている事実が浮かび上がってきました。(211~212頁)

(4)DNAR指示の現状と問題点

2012年に箕岡は「蘇生不要指示のゆくえ 医療者のためのDNARの倫理」を上梓した。その中で、一人の医師が患者の意思確認をせずに独断で適応のない患者にDNAR指示を出し、看護師を含む医療従事者がその指示を妥当としている状況、DNAR指示内容が診療録に記載されず医療従事者が情報を共有していない状況、DNAR指示のもとにCPR以外の多くの医療・看護・ケアが不開始、差し控え、中止されている状況が浮き彫りにされている。さらに重要なことは、医師・看護師個人に限らず、病院がこれらの状況を許容している可能性がうかがわれることである。…終末期医療の考え方とあり方は十数年をかけて議論され、その具体的実践に関しての合意形成が得られつつある。しかし、DNAR指示の混乱をみると、できれば避けて通りたい複雑な終末期医療の合意形成の過程をDNAR指示のもとに安易に施行しているのではないかとの危惧が生まれる。すなわち、終末期医療は倫理、マスメディア、法律がからむ厄介かつ面倒なものであり、治療の不開始、差し控え、中止は不可能であり、治療中止が殺人容疑での書類送検・起訴に直結するといまだに捉えられている可能性がある。しかし、DNAR指示は終末期医療と無関係であり、倫理・法律・マスメディアを気にすることなく治療の不開始、差し控え、中止が可能である、あるいはその認識なしにこれらが広く実施されている状況が指摘できる。(212~213頁)

(5)DNAR指示のあり方についての勧告

日本集中治療医学会倫理委員会は、2015年4月からDNAR指示のあり方に関しての検討を開始した。検討の目的は、①DNARの定義、考え方、用語などに関して医療従事者が共通認識を持つに至ること、②DNAR指示の誤った使用により患者・患者家族、医療従事者が被っている不利益を解消すること、③これらの改定で生ずる問題点の解決策を提示することであり、検討結果の検証を不利益解消の有無、それに伴う患者・患者家族の満足度の向上の有無、医師・看護師の認識の変化で行うことに設定した。…この現状調査結果に基づき、2006年の日本集中治療医学会「集中治療における重症患者の末期医療のあり方についての勧告」に準拠してDNAR指示のあり方に関する勧告(【注4】)を公表することにした…(213頁)

【注4】同倫理委員会の丸藤哲委員長(当時)へのインタビュー記事では、「勧告では、この数十年で終末期医療のあり方に関する理解は深まったとする一方で、いまだに『DNAR指示の誤解』を続ける医療者がいるとして、再度注意を呼び掛ける目的で出されたものだ。」(日経メディカル2017/02/06)と説明されており、勧告でも「DNAR( Do Not Attempt Resuscitation)指示のもとに基本を無視した安易な終末期医療が実践されている、あるいは救命の努力が放棄されているのではないかとの危惧が最近浮上してきた。」(日集中医誌2017;24:208-9)とされています。

(6)おわりに

倫理委員会(日本集中治療医学会倫理委員会)はDNAR指示誤用の最大原因は、終末期医療とDNARの混同にあると考察する。この解決は、病院倫理委員会が‟終末期医療指針”と‟DNAR指示運用指針”を分離して定める必要があり、その上で終末期医療指針の中で人工呼吸器中止を含むすべての治療の不開始、差し控え、中止を認めることが肝要である。すなわち、DNAR指示の誤用に基づき実施されている治療の不開始、差し控え、中止が終末期医療指針に準じて施行可能なこと、そしてこれらは同指針に準じて実施すべきことを医療者が理解すべきである。1990年代から終末期医療の合意形成がなされ、その運用は法律(ハード・ロー)ではなくガイドライン(ソフト・ロー)で行うことが国(厚生労働省)レベルで認められたと考えてよい。しかし、この運用には医療従事者の医療の専門家としての自律と専門職倫理による自主的規律に対する社会的信頼が前提となっている。DNAR指示のもとに行われる終末期医療の誤った運用が患者の権利を侵害した場合には、十数年かけて築き上げた専門職倫理に基づく終末期医療実践に対する社会的信頼は瞬時に瓦解するであろう。
最後に、DNAR指示は心停止蘇生をしない指示であり、通常の医療・看護・ケアに影響を与えないことを再確認したい。 (213~214頁)

2. Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指示のあり方についての勧告(日本集中治療医学会 日集中医誌2017;24:208-9)

 2007年に厚生労働省から「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」が公表され、患者本人による決定を基本としたうえで、患者と医療・ケアチームの話し合いに基づく意思決定プロセスを重視する考え方が終末期医療の主流となった。2014年に日本集中治療医学会は「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~」を発表したが、翌年には2007年版ガイドラインを改訂した厚生労働省の「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」が公表された。
 この十数年間で終末期医療(人生の最終段階における医療)のあり方に関する理解が深まり、患者の尊厳を無視した延命医療の継続は大きく減少していると私どもは信じている。しかし、DNAR( Do Not Attempt Resuscitation)指示のもとに基本を無視した安易な終末期医療が実践されている、あるいは救命の努力が放棄されているのではないかとの危惧が最近浮上してきた。日本集中治療医学会理事会並びに倫理委員会は、DNARの正しい理解に基づいた実践のためには下記の諸点に留意する必要があることを勧告する。

勧 告

(1)DNAR指示は心停止時のみに有効である。心肺蘇生不開始以外はICU入室を含めて通常の医療・看護については別に議論すべきである(注1)。

   (注1)心停止を「急変時」のような曖昧な語句にすり替えるべきではない(【注5】)。DNAR指示のもとに心肺蘇生以外の酸素投与、気管挿管、人工呼吸器、補助循環装置、血液浄化法、昇圧薬、抗不整脈薬、抗菌薬、輸液、栄養、鎮痛・鎮静、ICU入室など、通常の医療・看護行為の不開始、差し控え、中止を自動的に行ってはいけない(【注6】)。

【注5】東京医科大学(医療の質・安全管理学)三島史朗医師は、「急変による心停止であれば、DNARは適応されない。なぜなら、その急変が原疾患に寄らない可能性を否定できないからである。例えば、DNARを申し合わせた患者が食事中に窒息すれば、それが原疾患に由来する病態か否か、とっさに判断できないであろう。DNARは、原疾患が診断されていることと、それによる死が回避できず、かつ原疾患による心停止であると判断できる場合にのみ有用である。急変であれば偶発的な出来事や他の病態が原因かもしれない。であれば、救命の可能性は否定できず、心肺蘇生を含む応急措置の適応が生じる。このように、DNARは急変時に無効である。」(内科Vol.129No.3(2022)483)としています(ただし、当該三島医師は、そもそもDNARという申し合わせ自体が不要とされているようで、「DNARの申し合わせは、現場で不要と考えるが、用いるのであれば、家族に判断を押し付けるためでなく、患者の死を受容するきっかけにするため、また診療チームにおけるコミュニケーションを磨きながら使うのがよいであろう。」(同486)とされています。)。

【注6】同倫理委員会の丸藤哲委員長(当時)へのインタビュー記事では、「DNARと終末期医療の混同は危険」として、「DNAR指示でCPR以外の治療が差控えられてしまう理由は、終末期医療における治療の不開始、差し控え、中止にDNAR指示が含まれることがあるために、DNARと終末期医療が混同されていることにある。一部ではDNAR指示は治療をやめていいという指示だと誤解されている。DNAR指示が出ている患者でも、CPR以外の治療をやめるためには終末期医療に関する手続きを踏む必要があるが、それが全く守られていない。」(日経メディカル2017/02/06)と言っておられます。

(2)DNAR指示と終末期医療は同義ではない。DNAR指示にかかわる合意形成と終末期医療実践の合意形成(【注7】)はそれぞれ別個に行うべきである(注2)。

   (注2)終末期医療における治療の不開始、差し控え、中止に、心停止時に心肺蘇生を行わない(DNAR)選択が含まれることもある。しかし、DNAR指示が出ている患者に心肺蘇生以外の治療の不開始、差し控え、中止を行う場合は、改めて終末期医療実践のための合意形成が必要である。

(3)DNAR指示にかかる合意形成(【注7】)は終末期医療ガイドラインに準じて行うべきである(注3)。

    (注3)厚生労働省「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」あるいは、日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3学会からの提言~」の内容を忠実に踏襲すべきである。

【注7】日本集中治療医学会倫理委員会は、DNAR指示とACP(アドバンス・ケア・プラニング)との関係について、「事前指示最大の問題点は、当該病態に対する治療が開始になる時点での判断ではないことである。…アドバンス・ケア・プラニングは、自身の将来の健康管理に関して医療関係者、家族などと相談して方針を決める過程(プロセス)であり、医師はその決定過程に深く関与し情報を提供しつつ、より良い方向性を与える役割を担う。結果としての事前指示作成が重要なのではなく、アドバンス・ケア・プラニングでは、患者の価値観・人生観・死生観など十分に理解した対話と交流を通じて、終末期のみならずそこに至る医療・看護・介護・ケアのあり方を患者と関係する医療従事者が共有するに至る過程(プロセス)が肝要である。…このように、アドバンス・ケア・プラニングは事前指示の問題点を解決する可能性があり、患者の不安・抑うつ・心的ストレスを減少かつ改善し、入院に関する患者および家族の満足度を上げることにより、終末期医療の質を改善させることが報告されている。…アドバンス・ケア・プラニングは事前指示を尊重し、その形成を患者本人と深くかかわる人々が共有かつ交流し合意に至るプロセスである。」(日集中医誌2017;24:218~219)と解説しています。もっとも、ここでいうACPは、SDМ(シェアード・デシジョン・メイキング)を含む意味で捉えられているものと思われます。

(4)DNAR指示の妥当性を患者と医療・ケアチームが繰り返して話し合い評価すべきである(注4)。

(注4)DNAR指示は、患者が終末期に至る前の早い段階に出される可能性がある。このため、その妥当性を繰り返して評価し、その指示に関与する全ての者の合意形成をその都度行うべきである。

(5)Partial DNAR指示は行うべきではない(注5)。

(注5)Partial DNAR指示は心肺蘇生内容をリストとして提示し、胸部圧迫は行うが気管支挿管は施行しない、のように、心肺蘇生の一部のみを実施する指示である。心肺蘇生の目的は救命であり、不完全な心肺蘇生で究明は望むべくもなく、一部のみ実施する心肺蘇生はDNAR指示の考えとは乖離している。

(6)DNAR指示は「日本版POLST(DNAR指示を含む)」の「生命を脅かす疾患に直面している患者の医療措置(蘇生処置を含む)に関する医師による指示書」に準拠して行うべきではない(注6)(【注8】)。

(注6)日本版POLST(DNAR指示を含む)は、日本臨床倫理学会が作成し公表している。POLSTは、米国で使用されている生命倫理治療に関する医師による携帯用医療指示書である。急性期医療領域で合意形成がなく、十分な検証を行わずに導入することに危惧があり、DNAR指示を日本版POLSTに準じて行うことを推奨しない(【注9】)。

【注8】日本集中治療医学会倫理委員会では、「生命維持治療に関する指示書」(POLST)について、「要約:生命維持治療に関する医師の指示書(POLST)は、事前指示の長い実戦経験の延長上に米国で提唱された概念であり、指示内容に心停止時に心肺蘇生をしない Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)を包含している。日本集中治療医学会倫理委員会は、DNAR指示の誤解と誤用が多い本邦においてPOLSTに基づくDNAR指示が可能かについて検討を加えた。POLST運用基盤は本邦では脆弱であり、急性期医療領域で合意形成がないPOLSTを検証なく導入し運用することに危惧がある。DNAR指示の正しい理解と運用が先決案件であり、現時点でPOLST(DNAR指示を含む)の使用は推奨できないと結論した。」(日集中医誌2017;24:216)としています。

【注9】同倫理委員会の丸藤哲委員長(当時)へのインタビュー記事でも、「誤ったDNARの認識が独り歩きしている状況の日本にPOLSTをそのまま導入すれば、患者がPOLSTを携帯していれば救急隊が搬送しない、あるいは高齢者を切り捨てる免罪符に使われるなど、転がるように悪い方に進むのではないかと懸念している。」(日経メディカル2017/02/06)と言っておられます。すなわち、POLSTが患者切り捨ての免罪符になりかねないことを危惧しているのです。要するに、わが国の医療現場では、終末期医療について、SDМやACPプロセスの実践活動や臨床医療倫理委員会や臨床倫理コンサルテーションチームなどの整備がいまだ十分になされておらず、それなしにPOLST(事前指示書)を臨床医療に持ち込むことは、それが独り歩きしてしまい、本来のあるべき終末期医療に支障が生ずるということなのだと思います。

(7)DNAR指示の実践を行う施設は、臨床倫理を扱う独立した病院倫理委員会を設置するよう推奨する(注7)。

 (注7)日本集中治療医学会倫理委員会が評議員および医師会員を対象に施行した「臨床倫理に関する現状・意識調査」では、臨床倫理を扱う独立した倫理委員会が設置されている施設が67.1%である。DNAR指示は臨床倫理の重要課題であり、終末期医療の実践とともにDNAR指示を日常臨床で行う施設は、独立した臨床倫理委員会を設置するよう推奨する。