No.131/人生の最終段階における医療行為とインフォームド・コンセント(ガイドラインの重要性)(その1)
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No.131/2023.5.15発行
弁護士 福﨑博孝
人生の最終段階における医療行為とインフォームド・コンセント(ガイドラインの重要性)
(その1)
(はじめに-今回のシリーズについて-)
(はじめに-今回のシリーズについて-)
‟人の終末期ないしそれに近似した人生の最終段階”において、医療者は、いわゆる終末期医療(ターミナルケア)やそれに近い医療行為を実施せざるを得なくなることがあり、時として延命措置の開始・不開始又はその中止等という‶人の生命(いのち)”を左右することにも関わらざるを得なくなります。すなわち、医療者は、そのような事態において、深刻な‶生命倫理の問題”にぶち当たってしまい、その判断に窮することも多いと思います。 そのような事態において、あるいは、それ以前の段階からその事態を想定して、医療者は、‶患者や家族に対し、どのように対処すればいいのか”について考えておく必要がありそうです。 そして、ここでも、医療行為に関する‶インフォームド・コンセントの理念”が極めて重要な判断指針となります(以下、インフォームド・コンセントを「IC」と表記することがあります。)。 より具体的に言えば、インフォームド・コンセントの理念によって裏付けられた幾つかの‶ガイドライン”を参考にすることが必須ということになり、‶これなくして終末期ないしそれに近似した人生の最後段階における医療行為の意思決定は行えない”ともいえるのです。 そこで本稿では、人の終末期ないしそれに近似した人生の最終段階において、‟患者に対するインフォームド・コンセントをどのように考えればよいのか”、‟それをどのように実践していけばいいのか”、‶意思表示ができなくなった患者に対しICの理念を臨床医療でどのように実現すればよいのか”、そして、‶ガイドラインという羅針盤をいかにして使いこなせばよいのか”などについて、その紹介と説明を試みたいと思います。 そのためにまずは、インフォームド・コンセントという概念がいかにして生まれ、いかにして育まれてきたのかというその歴史を見たうえで、いま現在におけるインフォームド・コンセントの概念の到達点を確認し、そして、それぞれのガイドラインについて踏み込んだ紹介と説明をしてみたいと思います。 なお、今回のシリーズでは幾つかのガイドラインの内容をご紹介するとともに、著者の考え方でその解説や説明を試みている箇所もあります。しかし、その解説や説明の内容は、あくまでも筆者の私見であって、人によって様々な解釈があり得ることにもご留意ください。これらのガイドラインが、こと‟医療の倫理”に関わることであり、‟倫理”自体が人それぞれその考え方で多様性がある以上、本シリーズでの筆者の考え方に疑問をお持ちになられることも多々あるはずです。そのような場合には、必ず元のガイドライン自体に立ち返り、それを読んでいただいくしかありません。そしてそのことによって、さらに‟人の生命(いのち)”についての思索を深めてもらうしかないと思います。
ところで、本稿では、人の終末期ないしそれに近似する人生の最終段階における医療の決定プロセスを考えるときに必要と思われる5つのガイドラインを取り扱っています。①「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(以下、今回のシリーズでは「人生の最終段階ガイドライン」ということがあります。)、②「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」(日本救急医療学会・日本集中治療医学会・日本循環器学会 以下、同じく「3学会からの提言」)、③「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」(日本麻酔科学会外による合同委員会 以下、同じく「宗教的輸血拒否ガイドライン」)、④「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」(日本透析医学会 以下、同じく「透析の開始と継続に関する提言」)、⑤「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン(人工的水分・栄養補給の導入を中心として)」(日本老年医学会 以下、同じく「高齢者ケアのガイドライン」)の5つのガイドラインがそれです。
① 「人生の最終段階ガイドライン」は、厚生労働省(以下「厚労省」)により策定されたもので、人の終末期ないしそれに近似する人生の最終段階における医療を実践する上で必要不可欠のガイドラインということができ、その理念を明らかにした基本中の基本という存在です。
② 「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」は、‟人生の最終段階ガイドライン”を前提とし、救急医療や集中医療に欠かせない対応の仕方やその考え方が示されており、急性期医療に携わる医療者にとっては必須のガイドラインといえるようです。
③ 手術等の輸血を必要とする(その可能性のある)医療に携わる場合に、‟エホバの証人の信者”などから無輸血治療を求められることもあるようです。その場合には、「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」をきちんと理解しとかないと、医療者側が手痛い目に遭う可能性があります。なお、近時では、‟統一教会の信者”に対する社会の対応に著しい変化が見られるようになったことから、‟エホバの証人の信者”の無輸血医療の要求に対する社会の目の向け方も変わってきていることにご留意ください。
④ 「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」は、もちろん腎臓病に関わる医療者には必携のガイドラインといえますが、それだけではなく、SDМ(シェアード・デシジョン・メイキング)やACP(アドバンス・ケア・プラニング)を知り、また、それを理解するために非常に役に立つものといえます。人の終末期ないしそれに近似する人生の最終段階に立ち会うこととなる医療者には是非とも読んでいただきたいガイドラインです。
⑤ 「高齢者ケアのガイドライン」(人工的水分・栄養補給の導入を中心として)は、終末期医療(ターミナルケア)で考えなければいけないことが多く記載されています。終末期において、医療提供者・介護提供者・福祉担当者が考えておくべきこと、すなわち、「人の生命(いのち)をどう考えればよいのか…」を考えさせてくれます。ここではそのことを、「生物学的生命自体の価値」と「物語れる人生の価値」という表現をしながら、読者の思索を深めさせてくれます。
以上のとおり、これら5つのガイドラインは、人の終末期ないしそれに近似する人生の最終段階において、‟患者・家族とどう向き合うべきか“、その向き合い方を教えてくれます。また、‟人の生命(いのち)”が消え去ろうとしているその時に、その生命(いのち)に関わろうとすると、どうしても‟違法か否かという判断が求められる、または、違法になるのではないかという懸念が生じる医療行為”の可否を検討せざるを得ない事態に向き合わされることも多いと思います。今回取り上げる、これら5つのガイドラインは、そのような際に、その判断の指標として極めて重要なものとなりそうです。
目次
(はじめに-今回のシリーズについて-)
第1 インフォームド・コンセントの過去と現在
1.インフォームド・コンセントの歴史的な成り立ち
(1)ヒポクラテスの誓いと医療倫理-パターナリズムの源流(ICの否定?)
(2)ニュールンベルグ綱領と生命倫理(ヒューマニズム・人道主義を背景としたICの萌芽)
(3)世界医師会の1964年ヘルシンキ宣言-1975年東京修正(ICを‟臨床研究”へ)
(4)現代的意味でのIC概念の成立-パターナリズムの排斥(ICを‟臨床医療”へ)
(5)日本における‟ICの法理”の輸入(アメリカ的ICから日本的なICへのリメイク)
2.インフォームド・コンセントの新しい展開
(1)シェアード・ディシジョン・メイキング(SDМ)(ICの更なる進化・深化)
(2)アドバンス・ケア・プラニング(ACP)(ICが不可能となる前にACP-高齢患者へのICの実質化)
第2 人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(厚労省:平成30年度版) (はじめに)
【基本的な考え方】
1.人生の最終段階における医療・ケアの在り方
2.人生の最終段階における医療・ケアの方針の決定手続
(1)患者本人の意思の確認ができる場合
(2)患者本人の意思の確認ができない場合
(3)複数の専門家からなる話合いの場の設置
第3 救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン ~3学会からの提言~
(はじめに)
Ⅰ.基本的な考え方・方法
1.救急・集中治療における‟終末期の定義”とその判断
1)終末期の定義
2)終末期の判断
2.延命措置への対応
1)終末期と判断した後の対応
(1)患者に意思決定能力がある、あるいは事前指示がある場合
(2)患者の意思は確認できないが推定意思がある場合
(3)患者の意思が確認できず推定意思も確認できない場合
① 家族らが積極的な対応を希望している場合
② 家族らが延命措置の中止を希望する場合
③ 家族らが医療チームに判断を委ねる場合
(4)本人の意思が不明で、身元不詳などの理由により家族らと接触できない場合
2)延命措置についての選択肢
Ⅱ.医療チームの役割
Ⅲ.救急・集中医療における終末期医療に関する‟診療記録記載“について
1.終末期における診療記録記載の基本
2.死亡退院時の記録
第4 宗教的輸血拒否に関するガイドライン
(はじめに)
【1】判例・裁判例にみられる無輸血治療についての考え方
1.宗教上の輸血拒否行為(その意思決定)は人格権の一内容
(1)最判平成12年2月29日(東大医科研病院事件)
(2)大分地裁昭和60年12月2日決定
(3)宗教上の信念に基づいて意思決定する権利は‟人格権“
2.十分な判断能力のない未成年の信者の子ども
【2】宗教的輸血拒否に関するガイドライン(2008年2月28日)
(はじめに)
1.輸血実施に関する基本方針
1)当事者が18歳以上で医療に関する判断能力がある人の場合
(1)医療者側が無輸血治療を最後まで貫く場合
(2)医療者側は無輸血治療が難しいと判断した場合
2)当事者が18歳未満、または医療に関する判断能力がないと判断される場合
(1)当事者が15歳以上で医療に関する判断能力がある場合
(2)親権者が拒否するが、当事者が15歳未満、または医療に関する判断能力がない場合
2.輸血同意書・免責証明書のフローチャート
3.輸血療法とインフォームド・コンセント
4.医療側がなすべき課題
【3】宗教的輸血拒否に関するガイドラインの解説
第5 透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言
(はじめに)
1.終末期医療としての透析の開始・不開始又は継続あるいは中止
2.透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言
提言1 医療チームによる患者の意思決定の尊重
提言2 患者との共同意思決定(SDМ)
提言3 患者のアドバンス・ケア・プラニング(ACP)
提言4 医療チームによる人生最終段階における透析見合わせの提案
提言5 意思決定能力を有する患者、または意思決定能力を有さない患者の家族等から医療チームへの透析見合わせの申し出
提言6 患者から家族等への病状説明拒否の申し出
提言7 医療チームと家族等による、理解力や認知機能が低下した患者の意思決定支援
【終わりに】
第6 高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン(人工的水分・栄養補給の導入を中心として)
(はじめに)
【本ガイドラインの概要】
1.医療・介護における意思決定プロセス
2.いのちについてどう考えるか
3.AHN導入に関する意思決定プロセスにおける留意点
第7 いわゆる「ガイドライン」について
(はじめに)
1.ガイドラインとは何か。
2.ガイドラインの法的な位置づけ(裁判例)
3.臨床現場で‟診療ガイドラインに従う”ことの意味
4.「人生最終段階ガイドライン」と「3学会からの提言」など他のガイドラインとの関係
5.人生の最終段階の医療・ケアの決定プロセスにおける患者の意思とは?
6.人生の最終段階の医療・ケア行為の決定プロセスにおける家族等の重要性