No.130/‟判断能力・同意能力のない患者”についての医療行為の決定プロセス(その7)

No.130/2023.5.1発行
弁護士 福﨑博孝

‟判断能力・同意能力のない患者”についての医療行為の決定プロセス
(患者本人へのインフォームド・コンセントが尽きた先には何が必要なのか? 誰に何をどうすればいいのか?) (その7)

第6 その他の‟患者本人から同意が得られない又はそれが困難な事案”

1.‟一時的に”同意能力に支障が生じている成年患者への医療行為の決定プロセス

一時的にせよ判断能力・同意能力が欠如した状態の患者に対する手術などの医療行為についても、人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)の考え方を参考に判断していくしかありません。すなわち、このガイドラインにおける「患者の意思が確認できない場合」の原則論に基づいて決定していくことになります。つまり、第1に「家族等によって患者の意思を推定できる場合にはその推定意思を尊重し、患者にとって最善の方針をとること」、第2に「家族等が患者の意思を推定できない場合には、患者にとって何が最善であるかについて家族等と十分に話し合い、患者にとっての最善の方針をとること」、第3に「家族等がいない場合及び家族等が判断を医療チームに委ねる場合には、患者にとって最善の方針をとること」という考え方とその趣旨をもって対応するしかないのではないかと考えます。 そして特に、以下の点については十分留意して下さい。

(1)患者本人の同意に代わる「家族等の意思表示」(患者本人の意思の推定)が許される場合

病状が重篤なこと、手術中であること等から一時的に判断能力・同意能力に支障が生じている者については、その患者本人から医療行為の同意を得ることができません。例えば、患者本人の判断や同意を必要とする事態が全身麻酔中の術中に生じた場合については、家族等の同意を得ながら(家族等の意見を聴きながら)臨機応変な対処を行うことになります。しかしこれも、人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)でも指摘されているとおり、家族等に同意権限があるというのではなく、家族等の意思表示により患者本人の意思を推定するという意味での「家族等の同意」と考えるべきです。

(2)「家族等の意思表示」(による患者本人の意思の推定)では代えることができず、「患者本人の同意」が必要な場合

しかし、手術開始後の状況に応じた臨機応変の措置が必要な場合については、それが本来予想された事態である場合には、術前にその予測に基づいて臨機応変の措置を説明しておかなければなりません。その事前の説明をしておかなかった場合には、それが改めて再手術等をする余裕があるときには、当該措置をしないまま手術を途中で終了すべきであって、家族等への説明と同意のみによって当該措置を行うことは許されないとする裁判例が多くあります。以下に幾つかの裁判例をご紹介します。

(ア)この点について、広島地判平成元・5・29(【注22】)では、「医療契約の締結によって右承諾(医療行為についての患者の承諾)が全てなされたものということはできず、医療契約から当然予測される危険性の少ない軽微な侵襲を除き、緊急事態で承諾を得ることができない場合等特段の事情がない限り、原則として、個別の承諾が必要である。…本件については、全身麻酔中で患者Xに意識がなかったため、患者の承諾を得ずに子宮全摘術を行っているが、子宮摘出は、虫垂炎の手術等を内容とした医療契約から当然予測される危険性の少ない軽微な侵襲とは到底いえないし、子宮筋腫について、緊急に手術を要したわけではなく、いったん閉腹して患者の承諾を得ることも可能であったから、子宮全摘術の実施は、患者の承諾を要しない場合に当たらない。患者が成人で判断能力を有する以上、姉の承諾をもって患者の承諾に代えることは許されない。」と判示しています。 【注22】広島地判平成元・5・29は、虫垂炎の手術を開始した後に判明した子宮筋腫について、その手術を継続して当該患者の子宮を摘出した行為が、患者の承諾を欠くものであったとして、医師の説明義務違反、承諾取付け義務違反による損害賠償請求が認容された事例において、上記のように判示しています。

(イ)また、東京地判平成13・3・21は、帝王切開手術中に夫(同病院の同僚医師)の同意のみで子宮摘出術を行ったことが違法であるとされた事例ですが、「医療行為がときに患者の生命、身体に重大な侵襲をもたらす危険性を有していることにかんがみれば、患者本人が、自らの自由な意思に基づいて治療を受けるかどうかの最終決定を下すべきであるから、緊急に治療する必要性があり、患者本人の判断を求める時間的余裕がない場合や、患者本人に説明して同意を求めることが相当でない場合など特段の事情のない限り、医師が患者本人以外の者の代諾に基づいて治療を行うことは許されない。これを本件についてみるに、子宮からの出血の持続はその可能性があるにすぎず、筋腫の増大やそれに伴う月経過多慢性貧血の発生も単にその可能性があるというにすぎないから、いったん閉腹し、子宮の血管怒張が収斂するのを待って子宮摘出手術を施行することも十分考えられる状況であった。したがって、直ちに患者の生命に影響するような状況にはなく、帝王切開に引き続いて本件手術(子宮全摘術)を行わなければならないほどの緊急性はなかったと認められる上、子宮筋腫という病名は、がん等の病気のように患者に説明すること自体に慎重な配慮を要するともいえないから、(患者の夫の)代諾に基づく治療が許される特段の事情はない。」と判示しています。 なお、本件患者の夫は担当医師の同僚医師であり、そのことから、担当医師が、“患者本人の意思を十分確認できなくても、同僚の医師である夫の了解さえあれば問題ないであろう”などと安易に考えていたふしがあります。

(ウ)さらに、東京高判平成16・10・28は、「本件手術中の迅速診断により結節状病変ががんの転移であると確認された時点において、担当医師らのうち誰かが、家族(患者の妻、長女)に対して右肺中葉に結節状病変が存在すること、それががんの転移であったことを告げ、手術を続行することについて家族らの判断を求める余裕は十分にあったと推認される。しかし、担当医師らは家族Xらの判断を求めることなく、右肺中葉切除を行った。…患者ないし家族らが…決断を求められた場合には、手術を続行することを決断する可能性はなく、仮に、その可能性があったとしても、その程度はかなり低かったと認められる。したがって、第1回手術中に担当医師らが説明義務を尽くしていれば、第1回手術は続行されず、患者Aに重篤な術後合併症が生ずることも、第2回手術によって患者Aが心不全によって死亡することもなかったと認められるから、上記説明義務違反と患者の死亡との間には相当因果関係が認められる。」と判示しています。

(3)「家族等の意思表示」(患者本人の意思の推定)を得る余裕がない場合

事故等による緊急手術など、患者本人の同意どころか、家族の了承(本人意思の推定)を得ることも不可能ないし困難な事態があり得ます。そしてこの場合にも、「患者本人の意思の推定」という考え方(その原則)は維持されるべきであり、上記のとおり、「家族がいない場合(及び家族が判断を医療チームに委ねる場合)」として、「患者にとって最善の方針」という対応をするしかないものと思われます。したがって、患者本人の価値観・生活状況・属性などが全く情報として与えられていない場合には、医療の本来の目的である「患者の健康や命を守る」(患者の健康と命が最優先)という考え方に基づいて、「医療行為の妥当性・適正性」を前提とする「最善の医療」を施すということになるのではないでしょうか。

2.病状や精神状態等を考慮して患者本人に判断を求めることが相当でない場合

(1)患者本人へのICができないとしても‟家族へのIC”は不可避

当該病気の性質や患者の病状(病態)、患者の性格、心情、精神状態、治療効果に及ぼす影響等によっては(たとえば、末期がんの患者などについては)、前述のとおり、患者本に対して詳細な事実を告知し説明することが相当でないこともありえます。そして、その場合には、患者の利益を事実上擁護しうる家族など近親者に対して説明を行ったとしても説明義務違反とはいえないことが多いと思われますし、むしろ、家族等近親者への説明義務があるということも考えられます。 この点については、多くの判例がありますので、その幾つかを紹介します。

(ア)岡山地判平成12・10・25は、いわゆる神経ブロック治療を受けた患者が、その直後に細菌感染による硬膜外膿症を原因として両下肢麻痺等が発症した事案において、「Y病院の医師らの説明は、亡A子の麻痺を回避するための緊急手術の必要性を説明するとともに、説明してしかるべき右手術の危険性を極めて客観的に説明したものと認められるのであって、この点についてのY病院の医師らの説明も相当なものであったと認められる。以上から、Y病院の医師らがXら(家族)にした説明の内容は適切なものであったといえ、この点に関するXらの主張は採用できない。…そのころ亡A子は意識もうろうとしており、手術をするかどうかの判断を迫られた時点でとても手術の話ができるような状態ではなかったことが認められ、そもそも亡A子本人に手術の内容、危険性等の説明をして同意を得ることが可能な状況ではなかったと認められることや、亡A子には同人が癌であるとの告知がなされておらず、Xら家族も亡A子には癌である事実を伝えたくないとの考えであったのであって、そのような場合にまで本人に説明をしなければならない義務が被告病院の医師らに課せられていたものとは認められ(ない)。」と判示しています。

(イ)最判平成14・9・24(判時1803・28)(肺癌非告知事件)は、医師が末期がんの患者の家族に病状等を告知しなかった事例について、「(一般的に)医師は、診療契約上の義務として、患者に対し診断結果、治療方針等の説明義務を負担する。そして、患者が末期的疾患に罹患し余命が限られている旨の診断をした医師が患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した場合には、患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと、当該医師は、診療契約に付随する義務として、少なくとも、患者の家族等のうち連絡が容易な者に対しては接触し、同人又は同人を介して更に接触できた家族等に対する告知の適否を検討し、告知が適当であると判断できたときには、その診断結果等を説明すべき義務を負うものといわなければならない。なぜならば、このようにして告知を受けた家族等の側では、医師側の治療方針を理解した上で、物心両面において患者の治療を支え、また、患者の余命がより安らかで充実したものとなるように家族等としてのできる限りの手厚い配慮をすることができることになり、適時の告知によって行われるであろうこのような家族等の協力と配慮は、患者本人にとって法的保護に値する利益であるというべきであるからである。」と判示しています。

(ウ)高松高判平成18・1・19も、(癌告知の事案ではなく)‟予後不良の疾病についての告知ないし説明義務”の事案について、「医師において、患者について、根治的療法のない進行性疾患に罹患し、その予後が不良であり、またはその可能性がある旨の診断をした場合には、患者本人にその旨を告知ないし説明するか、患者本人に告知ないし説明すべきではないと判断した場合にあっても、患者の妻等の連絡が容易な家族に対し、その旨を告知ないし説明すべき義務があると解するのが相当である(最判平成14・9・24判時1803・28参照)。…仮に、B医師において、亡A(患者本人)に対し予後が不良であり、またはその可能性がある旨を告知ないし説明するのが相当でないと判断したことに相応の合理性を有するものと認められるとしても、亡Aの家族、すなわちXら(亡Aの妻等)に対してまで告知しないし説明しないことを正当化すべき法的根拠を見出すことはできない。…亡Aは、…これを自ら告知ないし説明を受け、または妻であるXに告知ないし説明をしてもらう利益を侵害されたということができる。」と判示し、Y病院に対し慰謝料の賠償を認めています。

(2)‟家族へのIC”のみで許される場合でも“患者本人への配慮”が必要

いずれにしても、‟医師の裁量的判断と患者の自己決定権をどのように調和させるのか”、‟家族への告知(説明)をどのように考えればよいのか”は、臨床の実務においても、最も重要かつ困難な問題の一つであり、具体的な事情を勘案して総合的に判断するしかないといえます。確かに、その疾患が癌のように極めて重篤なものであり、かつ、それを患者に告げることによって患者自身を精神的に追い詰める可能性があり治療等に悪い影響があると予測されるときには、主として家族など近親者のみに説明するのが相当な場合もあります(患者本人に説明する必要がない場合もあります)。しかし、その場合であっても、当該患者本人に対して、当該疾患の内容に触れない限度で手術等の内容や合併症等の危険性については説明すべきであろうといわれることがあります(そう簡単なことではないのでしょうが…)。

(ア)この点について、東京地判平成元・4・18は、セルジンガー法による脳血管撮影を受けたところ、その施行中に右側前・中大脳動脈系に血栓による梗塞を生じ、左片麻痺の後遺症の障害の残してしまった事案において、その判断過程において、「脳血管撮影検査には発生頻度が低いとはいえ、重篤な合併症を引き起こす可能性が伴うから、患者又は家族にその危険性を告知すべきであるが、重篤な合併症の危険性を患者本人に告知することは、患者の不安を増大させて悪影響を及ぼす可能性があるから、そのような危険性は患者の家族に告知するのが相当であり、発生頻度の低い合併症については説明の程度も簡略なもので足りる。…(したがって)…患者の娘に検査の必要性や危険性を告知したことに説明義務違反はない。」と判示しています。 しかし、説明義務が患者の自己決定権を基礎とするものであることを考慮すると、仮に患者に不安を与えるような情報であったとしても、患者の近親者に対する説明をもって患者に対する説明に代えることができるかどうかは議論のあるところでもあり、患者の病状が重篤化し理解能力・判断能力等が低下している、あるいは、重篤な病状等を知ることによって精神的に追い詰められて治療行為に悪い影響がある等という、極めて例外的な‟特段の事情”がない限り、説明義務を家族に尽くすのみで十分とは言い得ないのではないでしょうか。 また、本件裁判例を読むときには、当時と今とではICに関する考え方も変わってきており、よほどのことがない限り、患者本人へのがん告知などを避ける等ということは少なくなっていることも念頭においておくべきです。

(イ)また、大阪地判平成10・12・18は、総胆管癌を切除するための膵頭十二指腸切除術の危険性等について説明義務違反の有無が問題となった事案において、「本件のように癌であることを患者に告知していない場合に、Xらが主張するような事項、とりわけ既に実施された検査・診療の結果やこれから行われようとする手術の目的・方法・内容につき説明しなければならないとすると、癌であることを患者に知らしめる結果となり、癌であることを告知していない意味が失われる結果となるから、Xらの主張を採用することはできない。もっとも、患者は、自己の肉体に医学的侵襲を加えられることを承諾するか否かを決するために、手術をしない場合の予後、手術の危険性については説明を受ける必要があり、その範囲で、患者に対しても医師に説明義務かあると解するのが相当であるところ、…Y医師は、亡Aが手術を受けるために内科から外科へ転科したころに、亡Aに対し、「胆管に砂のようなものか詰まって閉塞して黄疸を来している」旨を説明するとともに、「困難ではあるけれども患部を手術して切除しないと黄疸が強くなり最終的に肝不全に陥り、危険な事態に陥る」旨を説明し、亡Aも手術を受けることについて了解したというのであるから、Y医師は、右説明により、手術前に医師に要求される患者本人に対する説明義務は尽くしたというべきである。」と判示しています。すなわち、この判決は、患者本人に病名告知等をせずに近親者に対する説明をもって患者への説明に代える場合であっても、当該疾患に触れない範囲での必要最小限度の説明義務は残っていることを指摘しています。

第7 医療者の判断過程と診療記録への記載

以上のとおり、判断能力・同意能力を欠く患者、または、直接判断を求めることが酷な結果となる患者などへの施術の同意の取り方(意思決定のあり方)については、いろいろと面倒な配慮が必要であり、また、その手続を践む必要があります。判断能力・同意能力を欠く未成年患者・成年患者、一応判断能力・同意能力があると思われる未成年患者・成年患者、判断能力・同意能力が認められる未成年患者、一時的に判断能力を失っている患者、直接判断を求めることが相当でない患者等について、医療者は、親権者・家族・成年後見人・精神科主治医などへのインフォームド・コンセントとしての説明をし、その意見を徴するなどして、「患者本人の意思の確認」や「患者本人の意思の推定」を行う必要があります。また、その過程において、患者本人の意思を最も的確に推定できる「家族の選別」なども行う必要があります。しかも、その前提として、「最善の方針が何か」という点を判断する必要があります。
いずれにしても、その事情聴取の経過、その後の判断過程(親権者・家族・成年後見人・精神科主治医などへの医療行為の説明や意見聴取の内容、当該家族を選択した理由、当該医療行為を最善の方針とした理由など)については、その後のトラブル予防のためにも、その詳細を「カルテや看護記録等の医療記録」に記載して残しておく必要があるといえます。 なお、診療記録への記載の点については、人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)では、「このプロセスにおいて話し合った内容は、その都度、文書にまとめておくものとする。」とされているにすぎませんが、3学会救急集中ガイドラインでは、「Ⅲ 救急・集中治療における終末期医療に関する診療録」として「終末期における診療録記載の基本」を詳細に説明しています。ぜひ参考にして下さい。