No.121/不作為と結果との因果関係 ー大阪高裁H31.4.12判決ー

No.121/2023.3.1発行
弁護士 川島陽介

不作為と結果との因果関係 ー大阪高裁H31.4.12判決-

1.はじめに

一般的に医療ミス(医療過誤)というと、「手術ミス」や「投薬の誤り」など医師等が能動的に行った行為(作為)をイメージするのではないかと思います。もちろん、こういった作為による医療過誤も多く見られますが、裁判例では、適切な処置等を行わなかったことを理由として賠償責任を認めたものも多く見られます。行うべき行為を行わなかったことを「不作為」と言いますが、この臨床医療法務だよりでは、医師の不作為について結果との因果関係を認め、高額の賠償額を認容した裁判例を紹介させていただきます。

2.事案の概要

患者X(新生児)は、Y1医院において出生し入院していたところ、出生の3日後に吐血し、総合病院のNICUに搬送されたが、脳性麻痺などの後遺症が残る結果となった。NICU搬送時のXの血糖値は基準値以下であったが、Y1医院においては血糖値の測定はされていなかった。Xの家族は、主治医であるY2医師がXの血糖値を測定すべき注意義務を怠り、Xが低血糖であることを看過したため、低血糖に起因する胃の出血により出血性ショックに陥り脳性麻痺などが残ったなどと主張して、Y1に対し損害賠償を求めた。 原審(第一審)は、Y2医師に血糖値測定の義務があったことを認めたものの、急性胃粘膜病変(AGML)の原因が低血糖以外の子宮内胎児発育遅延(IUGR)や分娩期周辺のストレスであった可能性がある等として、Y2医師が血糖値の測定をしていたとしてもXに後遺障害が生じた可能性はあるとして、血糖値測定の義務違反と結果との因果関係を否定した(請求棄却)。これに対し、Xが大阪高裁に控訴した。

3.裁判所(大阪高裁H31.4.12)の判断

(1)Y1医院におけるXの血糖値

IUGR児には低血糖が高頻度で認められていること、…ショックによって血糖値が低下するとの証拠はないことから、XはY1医院入院時から低血糖状態であったと認められる。 なお、XのY1医院入院時における血糖値を推知する根拠となるデータは必ずしも十分なものがあるとはいえないが、それは血糖値を測定しなかったという医師の注意義務の懈怠により生じたものであって、血糖値の推移の不明確を当の医師にではなく患者の不利益に帰することは条理にも反するというべきである。

(2)Xの主たる症状

Xの主たる症状は胃出血であったというべきである。

(3)AGMLの原因は胃出血にあるか

Xは総合病院入院時、胃破裂を疑わせるほどの胃の出血を起こし、出血性ショックに陥っていることから、XはY1医院においてすでに低血糖状態であり、低血糖はAGMLの一つの原因なのであるから、Xの低血糖は胃出血の発生の原因であったといえる。

(4)AGMLの他のストレス原因

出生直後の状態に異常がなく、出生後72時間以上経過していたXについて、分娩自体のストレスがAGMLの主たるストレスになったとは考えにくいというべきである。また、Xは相当程度の過長臍帯で、消化管やその他臓器の発達が未熟であった可能性があり、胃のストレス耐性が低かったことが胃出血の原因となった可能性も否定できない。しかしながら、過長臍帯でIUGR児であったから臓器の発育が未熟である可能性を前提に治療に当たるべきであったのに、血糖値測定などが行われていなかった本件では、因果関係の判断に当たり前出の可能性を重視することは相当でない。

(5)出血性ショックを来すほどの大量出血の有無

Xの総合病院入院時における脈拍は1分間に200ないし230回で頻脈であり、…Xは出血性ショックに陥っていたとみるほかない。 小児は血液量が体重の19分の1と少なく、少ない出血量でもショックを起こすものとされ、新生児では30mlの出血でも生命に関わることがあるとされているのであり、赤血球の輸血がされていなかったことからXが出血性ショックに陥っていたことを否定することはできない。 胃内の出血は胃液によってヘモグロビンが変色するので、吐血に新鮮血が混ざっていないことは、出血性ショックを引き起こすほどの出血があったことと必ずしも矛盾するものではない。IUGR児は多血症が頻度の高い合併症として出現するので、ヘモグロビン値が低下していなくてもXに出血性ショックを引き起こすほどの出血があったことは否定できない。

(6)高カリウム血症

高カリウム血症の原因の一つとして消化管出血が挙げられていること、Xのカリウム値は時間の経過とともに低下しており、一時的なものと考えられることからすれば、Xの高カリウム値は出血性ショックを原因とするものとみられる。

(7)Xは、Y1医院において低血糖状態であり、それがストレスとなりAGMLを発症し、出血性ショックに陥り、循環動態が不安定になり、低酸素性虚血性脳症を発症したと認められる。 これに加え、総合病院において孔脳症の原因として低血糖による中枢神経障害が指摘されていること、低血糖の存在が神経障害の程度を高めた可能性があるとの医師の指摘があることも考慮すると、Y2医師の血糖値測定義務違反とXの後遺症との間には因果関係があるというべきである。 以上の判断のもと、Xに生じた損害として「金1億4532万7679円」の賠償額を認容しました。

4.コメント

手術ミスなどの医師等が行った行為(作為)についての結果との因果関係は、現実に行われた行為とその後に生じた一連の経過(事実経過)を基に因果関係の有無を判断することになります。他方で、医師等が行うべき行為を行わなかった場合(不作為)についての結果との因果関係は、「仮に作為義務に従った治療がされていれば」という“仮定的な判断”によることになります。実際にはその作為義務に対応する行為(本件ではY2医師による血糖値の測定)がされていないため、事実経過を推定せざるを得ず、作為の場合と異なり、判断の対象が評価的、観念的、価値的にならざるを得えません。そのため、その判断に困難を伴うことが多いとされています(本事案の判断が地裁と高裁で分かれている理由もこの点にあると思われます。)。

本裁判例は、Y1医院の入院時における血糖値が必ずしも明らかでないことは「血糖値を測定しなかったというY2医師の注意義務違反に起因するものであって、血糖値の推移の不明確をY2医師にではなく患者の不利益に期することは条理にも反する」とし、また、低血糖以外の他の原因で生じたものであるかどうかの判断ついて「血糖値測定などが行われていなかった本件では、…可能性を重視することは相当でない」としています。つまり、医師等の義務違反のために因果関係の有無を検証するための資料が不足しているような場合には、そのことによる不利益を患者に負担させることは不公平であるとの点も考慮に入れて不作為と結果との因果関係の有無を判断しているといえます。 不作為事案における結果との因果関係の判断はケースバイケースといえますが、本件裁判例のように医師等がやるべきことをやっていなかった場合には、因果関係の有無の判断にも影響する可能性があることは認識しておく必要があると思われます。