No.119/‟判断能力・同意能力のない患者”についての医療行為の決定プロセス(その1)

No.119/2023.2.15発行
弁護士 福﨑博孝

‟判断能力・同意能力のない患者”についての医療行為の決定プロセス
(患者本人へのインフォームド・コンセントが尽きた先には何が必要なのか? 誰に何をどうすればいいのか?)(その1)

(はじめに)

(1)昨年(令和4年)、兵庫県の某公立病院からの依頼で、「判断能力・同意能力のない患者についての医療行為の決定プロセス(患者本人へのインフォームド・コンセントが尽きた先に何が必要なのか?)」というテーマでの講演をさせていただきました。臨床医療法務だより(その№32から№46)では既に、「判断能力・同意能力のない患者についてのインフォームド・コンセント(患者に判断能力・同意能力がないときには誰に説明すればよいのか?)」(その1~その8)というテーマの論稿を発信しております。これらとほぼ同じテーマではありますが、その後、私自身もさらにこの点を深く考え、今回、これらの原稿を書き直しました。そこで、本ナンバー(№)からしばらくの間(その1~その7)、ほぼ同様のテーマにはなりますが、これまでの原稿を一部加筆・修正して発信させていただきます。

(2)以前からではあったのですが、このごろ特に、認知症患者等をかかえた病院スタッフから、「判断能力がないと思われる患者さんの場合には、誰にインフォームド・コンセント(以下「IC」)をすればよいのでしょうか?」、「誰の決定に従えばいいのでしょうか?」等という質問を受けることが多くなっています。つまり、わが国の超高齢化社会の進展とともに、各病院とも判断能力・同意能力に疑問のある高齢患者さんが増えてきており、しかも、そのような高齢患者の近辺に近親者も少なくなっているのです。‟超高齢化社会と孤独な高齢者の急増”という社会現象の進展の中で、病院という臨床現場では、‟患者本人に判断を求めることができないとき、または、それが相当でないときには、誰にどの程度の説明をして、誰から同意を得ればよいのか?”などという問題が顕在化し喫緊の課題となっているのです。 要するに、臨床の現場の医療者は、‟医療・ケア行為についてのICの相手方(すなわち、病状等の説明と医療行為の同意取得の相手方)を判断しかねている“、‟そもそもICを施す相手方がいない”等ということに困惑しているのです。そこで本稿においては、‟患者に判断能力・同意能力がないときには誰に何を説明すればよいのか”、‟誰から同意を得て医療・ケア行為の意思決定をすればよいのか”、‟同意を得られる人が誰もいないときにはどうすればよいのか”などという点について、「ICの本質」を考え、「患者の意思」の意味するところを深く掘り下げて検討してみたいと思います。

(3)ところで、医療行為についての‟ICの相手方”を検討するときには、まずは医療行為の「同意権の所在」を認識しておかなければなりません。なぜならば、医的侵襲を伴う医療行為を受ける決定権限(同意権)は「患者本人」に帰属し、それがいかに近い関係の家族であっても、原則として、「患者本人に代わって説明を聞き、代理人としてその医療行為に同意する」ということができないと考えられているからです。したがって、判断能力・同意能力のある患者については、その‟ICの相手方”は、‟当該患者本人以外には存在しない”ということになるはずです。 では一方で、「判断能力・同意能力のない患者」についてはどうかというと、ここでも‟ICの理念”は当てはまるのであり、これを無視することはできません。すなわち、判断能力・同意能力のない患者対する医療・ケア行為の決定プロセスにおいても、当該医療・ケア行為についての‟ICの原則”を基礎的理念として検討せざるを得ないのです。つまり、医療・ケア行為のICとは、これまでの判例・裁判例の積み重ねをみる限り、それを抽象的に表現するならば、「医療者側による適切かつ十分で分かり易く丁寧な説明と、それによってもたらされる患者・家族側の理解・納得・選択を経た上での同意」ということになりますが、いかに判断能力・同意能力に欠ける高齢者であったとしても、ICの基礎をなす‟患者の意思”を前提として、その‟医療・ケア行為の決定のあり方(同意の取り方・医療同意の方法)”を問題とせざるを得ないということなのです。

(4)そして、この問題が「医療・ケア行為の決定のあり方」の問題である以上、①厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(以下「人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)」)、②平成26年11月付の日本救急医療学会・日本集中治療医学会・日本循環器学会の3学会による「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」(以下「3学会救急集中ガイドライン」)等を参考にせざるを得ないことになります(なお、これら①②のガイドラインは終末期医療という場面にだけ適用されるわけではなく、例えば、‟透析の非導入”(透析の差控え、継続の中止など)についても、これら①②のガイドラインをベースに策定された日本透析医学会の「透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」(以下「透析の開始と継続に関する提言(令和2年4月版)」)を当該医療・ケア行為の決定ガイドラインと同視してこれを使うことになります。)。

(5)また、これら①②のガイドラインは、「終末期医療における医療・ケア行為の決定プロセス」を対象とするものではありますが、終末期には至らない認知症事例でも‟患者に判断能力・同意能力が失われている”という点では同じであり、このような場合にも普遍化して参考にすることができます。すなわち、「終末期」という定義に当てはまるか否か別にしても、人生の最終段階での医療・ケア行為の‟開始・不開始”や‟中止”などの議論は、「患者に判断能力・同意能力が失われているときの医療・ケア行為の決定プロセス」の議論とほぼ同じであり、別異に取り扱う必要はありません(また、透析の非導入(透析の差控え、継続の中止など)においても、それをするか否かによって患者の生命にかかわることから、同様の議論がなされることになります。)。

(6)したがって、今回のテーマを具体的な事例や症例に当てはめていく場合には、例えば、「過去に本件患者に直接ICがなされていたのか?」、「過去の本件患者の意思はどうだったのか?」、「アドバンス・ディレクティブ(AD)やリビングウイルなどから患者意思の推定が可能か?」、「家族等による患者の意思の推定は出来るのか?」、「そもそも推定される患者の意思とは何か?」、「最善の方針とは何か?これが最善の方針と言えるのか?」、「医学的妥当性、医学適切性には問題ないのか?」などについて掘り下げて検討していくしかないのです。

いずれにしても、本稿では、以上のようなことを思考しながら、「判断能力・同意能力のない患者に関する医療・ケア行為についてのICのあり方」(医療同意の在り方)について考えてみたいと思います。本シリーズでは、次頁の「目次」のとおりのテーマをもって、「その1」から「その7」の論稿を発信することといたします。

【目次】

(はじめに) (その1)

第1 人生の最終段階における医療・ケア行為の決定プロセスと‟インフォームド・コンセント”

1.インフォームド・コンセントの歴史的な成り立ち

(1)ヒポクラテスの誓いと医療倫理-パターナリズムの源流(ICの否定?)

(2)ニュールンベルグ綱領と生命倫理(ヒューマニズム・人道主義を背景としたICの萌芽)

(3)世界医師会の1964年ヘルシンキ宣言-1975年東京修正-(ICを‟臨床研究”へ)

(4)現代的意味でのIC概念の成立-パターナリズムの排斥(ICを‟臨床医療”へ)

(5)日本における‟ICの法理”の輸入(アメリカ的ICから日本的ICへのリメイク)

2.人生の最終段階におけるインフォームド・コンセント(IC)の新しい展開

(1)アドバンス・ケア・プラニング(ACP)(判断能力等を欠いた高齢者のICの実質化)

(2)シェアード・ディシジョン・メイキング(SDМ)(ICの更なる進化・深化)

3.‟患者の合理的意思による自己決定権”に基づく医療・ケア行為の決定

4.人生の最終段階における医療・ケア行為の決定プロセスと‟「家族等」の重要性” (その2)

第2 人生の最終段階における医療・ケア行為の決定プロセスでの“診療ガイドラインの役割”

1.ガイドラインとは何か

2.ガイドラインの法的な位置づけ(裁判例)

3.臨床現場で‟診療ガイドラインに従う”ことの意味

4.厚労省の「人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)」と「3学会救急集中ガイドライン」の重要性について (その3)

第3 医療行為の同意権と同意能力

1.‟患者本人の同意権(自己決定権)”と‟患者の推定的承諾(推定同意)”、そして、インフォームド・コンセント(説明)の相手方

(1)‟患者本人の同意権”と‟患者の推定的承諾(推定同意)”

(2)インフォームド・コンセント(説明)の相手方

2.医療行為の同意能力とは(その4)

第4 認知症高齢患者など‟判断能力・同意能力のない成年患者”への医療行為の決定プロセス(インフォームド・コンセントのあり方)

1.厚労省の人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセス(終末期医療の決定プロセス)に関するガイドライン-人生の最終段階ガイドライン(平成30年版)-について

2.認知症等で判断能力・同意能力を喪失した成年患者に対する医療行為の決定プロセス

(1)家族等がいる場合

(ア)家族等だけの場合(成年後見人がいない場合)

(ⅰ)臨床現場で一般的に求められている「家族等の同意」の意味

(ⅱ)患者本人の意思を推定する「家族等の意思表示」

(ⅲ)家族等とは(家族等の範囲)

(イ)家族等と成年後見人がいる場合

(2)家族等がいない場合

(ア)家族等がいない場合の原則的な対応

(イ)家族等はいないが成年後見人はいる場合の対応

(ウ)主治医としての精神科医の意見

(エ)判断能力・同意能力を欠く「身寄りのない患者」への対応(その5)

第5 未成年患者への医療行為の決定プロセス(インフォームド・コンセントとインフォームド・アセント)

1.子どもに対する医療行為とインフォームド・コンセント

2.判断能力・同意能力の有無を判定する‟年齢の目安”

3.インフォームド・コンセントと‟インフォームド・アセント(assent)”

(1)法定代理人の「同意代理」「代諾同意」

(2)インフォームド・アセント(IA)

(3)まとめ

4.‟判断能力・同意能力があると思われる未成年患者”への医療行為、その難しさ

(1)判断能力・同意能力のある未成年者へのインフォームド・コンセントと親権者

(2)判断能力・同意能力のある未成年者の親権者への対応の難しさ

(3)18歳成年年齢に達した患者へのICの難しさ(その6)

第6 その他の‟患者本人から同意が得られない又はそれが困難な事案”

1.‟一時的に”同意能力に支障が生じている成年患者への医療行為の決定プロセス

(1)患者本人の同意に代わる「家族等の意思表示」(患者本人の意思の推定)が許される場合

(2)「家族等の意思表示」(による患者本人の意思の推定)では代えることができず、「患者本人の同意」が必要な場合

(3)「家族等の意思表示」(患者本人の意思の推定)を得る余裕がない場合

2.病状や精神状態等を考慮して患者本人に判断を求めることが相当でない場合

(1)患者本人へのICができないとしても‟家族へのIC”は不可避

(2)‟家族等へのIC”のみで許される場合でも‟患者本人への配慮”が必要 第7 医療者の判断過程と診療記録への記載

第7 医療者の判断過程と診療記録への記載(その7)