No.118/令和3年改正個人情報保護法と 「医療機器メーカーへの手術動画の提供」事案の問題点について(その3)

目次

No.118/2023.2.1発行
弁護士 福﨑 龍馬

令和3年改正個人情報保護法と
「医療機器メーカーへの手術動画の提供」事案の問題点について(その3)

4.具体的な事案ごとの第三者提供の許否

以上、手術動画の提供事案を基に、個人情報保護法上のルールを見てきましたが、本件事案は、やはり個人情報保護法上、問題があり、手術動画の第三者提供は違法なものであったといえるでしょう。もっとも、医療関係者においては、ちゃんとルールを理解したうえで情報提供を行うのであれば、今までの活動が大きく制限されることまではないのではないかと思います。最後に、疑問点として、医療機関から相談を受けた事案について、いくつかに場合分けをして、当職の見解を記載させていただきます。 なお、人を対象とする生命科学・医学系研究に対しては、個人情報保護法の他に、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(文科省・厚労省・経産省)」も適用されます。個人情報保護法上、本人の同意を要しない目的外利用や第三者提供であっても、倫理指針において、さらにオプトアウト手続き(通知・公開によって、研究対象者に目的外利用等を拒否する機会を確保する手続き)や倫理審査委員会の関与が要求されている場合がありますので注意が必要です。

(1)第三者提供の提供先が学術研究機関等に該当する場合(例外規定(ウ))

(学術研究機関等に該当しない)医師から、学会や大学病院へ、患者の写真・手術動画・レントゲン・診療記録等(以下「診療記録等」といいます。)を提供したい場合、学会や大学病院は、学術研究機関等に該当するため、学術研究のために必要な情報であれば、例外規定(ウ)により、患者の同意なしでの提供が可能です(ただし、不当に個人の権利利益を侵害しない場合)。

(2)第三者提供の提供元が学術研究機関等に該当する場合(例外規定(ア))

ア 大学病院に所属する医師から、医療機器メーカー・製薬会社・出版社等(学術研究機関等以外)への診療記録等の提供

大学病院に所属する医師については、「病院または診療所等で患者に対して医療を提供する事業者は一般的には、本項の「学術研究機関等」には該当しない。しかし、大学附属病院のように患者に対して直接に医療を提供するとともに、学術研究機関である法人としての大学の一部門を形成しているが場合には、法人全体が「学術研究機関等」に当たるので、当該大学附属病院も「学術研究機関等」の一部として位置づけられる。」(宇賀克也著「新・個人情報保護法の逐条解説」195頁)とされています。 したがって、(国立又は私立の)大学病院に属する医師は、学術研究機関等に該当するため、例外規定(ア)により、研究成果を公表又は教授するためにやむを得ない時には、本人の同意を得ずに第三者提供が可能となります。

イ 大学病院には所属していないが、学会に所属している医師から、医療機器メーカー・製薬会社・出版社等(学術研究機関等以外)への診療記録等の提供

民間病院・国公立病院に所属する(大学病院に属さない)医師であったとしても、学会に属する場合については、学術研究を目的とする機関に「属する者」として、個人情報保護法上の「学術研究機関等」に該当します。また、「属する者」とは、「大学の教員、公益法人等の研究所の研究員、学会の会員等をいうが、これらに「属する者」が、それらの活動として行うことは要件とされていない。したがって、それらに属していれば足り、それらの活動としてではなく、大学の教員が学務とは別に行う場合のように、単に個々人の活動として行う学術研究も本項に該当する。」(岡村久道著『個人情報保護法〔第4版〕』204頁)とされています。 民間病院・国公立病院に属する医師であったとしても、学会に属してさえいれば、当該学会の研究内容と異なる個々人の研究活動であったとしても、当該医師は学術研究機関等に該当しますので、例外規定(ア)により、本人の同意を得ない第三者提供も可能となり得ます。

(3)第三者提供の提供元・提供先のいずれもが学術研究機関等に該当しない場合(個人情報保護法27条1項3号「公衆衛生の向上」目的での第三者提供)

大学病院にも学会にも所属しない医師の場合、診療記録等の提供の当事者である医師と医療機器メーカー等の両者いずれも学術研究機関等に該当しないことになるため、学術研究に関する3つの例外規定のいずれも使えません。そうなると、原則に戻り、患者本人の同意を得るか、個人情報保護法のルールに従って匿名加工情報を作成するか、という選択肢にならざるを得ないようにも思えます(なお、患者情報については要配慮個人情報になる可能性が高いため、個人情報保護法27条2項のオプトアウトによる第三者提供は難しいです。)。 なお、以下のア、イは、提供元・提供先いずれもが学術研究機関等に該当しないことを前提とします。

ア 国公私立病院に所属する医師から、医療機器メーカー・製薬会社への診療記録等の提供

一方で、日本医学会連合など医学関係者の間では、令和3年度個人情報保護法の改正に伴い国公私立病院が「学術研究機関等」にあたらないとされたことにより(正確には、法改正に関連して個人情報保護委員会から、このような解釈が出された模様)、国公私立の医療機関における観察研究に支障が生じる恐れがあるとして医学関係者の間で懸念が広がっていたようです。そして、日本医学会連合は、個人情報保護委員会に意見書を提出・協議し、その結果、学術研究機関等に該当しない医師であっても、個人情報保護法18条3項3号、27条1項3号等の「公衆衛生の向上」目的での目的外利用・第三者提供の例外規定を柔軟に運用することで、学術研究機関等以外の病院における観察研究等に支障が生じないように対応されることとなりました(令和4年5月26日付個人情報保護委員会「『個人情報保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&Aの更新」(以下「Q&Aの更新」といいます。))。具体的なQ&Aの更新のうち第三者提供に関する記述は下記の通りです。 「個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはなりませんが、公衆衛生の向上のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるときには、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者へ提供することが許容されています(法第27条第1項第3号)。医療機関等は、あらかじめ患者の同意を得ないで、当該患者の個人データを第三者である製薬企業へ提供することはできません。しかし、一般に、製薬企業が行う有効な治療方法や薬剤が十分にない疾病等に関する疾病メカニズムの解明、創薬標的探索、バイオマーカー同定、新たな診断・治療方法の探求等の研究は、その結果が広く共有・活用されていくことで、医学、薬学等の発展や医療水準の向上に寄与し、公衆衛生の向上に特に資するものと考えられます。また、医療機関等が、本人の転居等により有効な連絡先を保有していない場合や、同意を取得するための時間的余裕や費用等に照らし、本人の同意を得ることにより当該研究の遂行に支障を及ぼすおそれがある等の場合等には、「本人の同意を得ることが困難であるとき」に該当するものと考えられます。 したがって、医療機関等が保有する患者の臨床症例に係る個人データを、有効な治療方法や薬剤が十分にない疾病等に関する疾病メカニズムの解明を目的とした研究のために製薬企業に提供する場合であって、本人の転居等により有効な連絡先を保有しておらず本人からの同意取得が困難であるときや、同意を取得するための時間的余裕や費用等に照らし、本人の同意を得ることにより当該研究の遂行に支障を及ぼすおそれがあるときには、同号の規定によりこれを行うことが許容されると考えられます。…また、法第27条第1項第3号の規定において個人データを提供できるのは「特に必要がある場合」とされていることからも、当該医療機関等が提供する個人データは、利用目的の達成に照らして真に必要な範囲に限定することが必要です。具体的には、利用目的の達成には不要と考えられる氏名、生年月日等の情報は削除又は置換した上で、必要最小限の情報提供とすることなどが考えられます。この外、医療機関等及び製薬企業には、倫理審査委員会の関与、研究対象者が拒否できる機会の保障、研究結果の公表等について規定する医学系研究等に関する指針や、関係法令の遵守が求められていることにも、留意が必要です。(令和3年6月追加・令和4年5月更新)」 このQ&Aの更新により、学術研究機関等以外の医師から、製薬会社への診療記録等の提供については、公衆衛生の向上の目的があり、かつ、上記のように氏名・生年月日等を削除のうえでの必要最小限の提供であれば、本人の同意を得ずに第三者提供は可能といえそうです(医療機器メーカーも同様に考えてよいと思います。)。

イ 国公私立病院に所属する医師から、出版社への診療記録等の提供

次に、出版社が学術論文や教科書を出版・販売する、という目的のために、稀有な疾患や病態の患者の診療記録等を出版社に提供することが許されるか検討します。上記Q&Aの更新や、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイダンス」(個人情報保護委員会・厚労省)においては、観察研究を行う他の医療機関や製薬企業への提供については、公衆衛生の向上目的での例外規定が適用される旨の見解が示されていますが、出版社への個人情報の提供については、公衆衛生の向上目的として適法となり得るかについて見解が示されていません。 出版社への第三者提供の場合、公衆衛生の向上への寄与の仕方が、製薬会社等への第三者提供と比べて、より間接的になることは否めないような気もしますが、いずれにせよ、「その結果が広く共有・活用されていくことで、医学、薬学等の発展や医療水準の向上に寄与し、公衆衛生の向上に特に資するものと」といえると思いますので、他の医療機関や製薬企業への第三者提供と別に解釈する必要はないようにも思われます。したがって、出版社への診療記録等の提供についても、公衆衛生の向上の目的があり、かつ、氏名・生年月日等を削除のうえでの必要最小限の提供であれば、(個人情報保護委員会の見解は示されていない(と思われる)ので、正確なところは分かりませんが、)本人の同意を得ずに第三者提供は可能といえるのではないでしょうか。

(4)稀有な疾患・病態で学術的に価値の高い症例であり、学術研究機関等以外の団体に、症例の情報を提供したいが、患者がすでに亡くなっているため、同意が得られない場合

患者がすでに死去されている場合には、個人情報保護法上の個人情報には該当しないため、(ご遺族への配慮は必要ですが)同意は不要です。

(5)稀有な疾患・病態で学術的に価値の高い症例であり、学術研究機関等以外の団体に、症例の情報を提供したいが、カルテの記録がすでに廃棄されており、ご本人や家族との連絡が取れないような場合

数十年前に受診されていた、かなり高齢の患者であり、病状的に生存していることが想定し難い場合等については、死去されていることを事実上推定し、個人情報保護法上の個人情報ではない、という前提で取り扱う(同意なしで第三者提供を行う)ことは可能かもしれません。 そのような推定が難しい場合であっても、上述の通り、公衆衛生の向上の目的での第三者提供は可能です。

(6)個人情報の第三者提供を受けた後、当初の利用目的の範囲に含まれていない観察研究のために個人情報を利用したい場合

患者本人からの取得か、第三者提供による取得かにかかわらず、個人情報を取得する場合は、あらかじめ又は取得後速やかに利用目的を公表等する義務があります(個人情報保護法21条1項)。そして、その後に、当初公表していた利用目的の範囲に含まれない目的で個人情報を利用することは、原則として、本人の同意を得ない限り許されませんが、一定の例外要件を満たす場合には、個人情報の目的外利用が許容されています(個人情報保護法18条3項各号)。この例外要件については、第三者提供における例外要件とおおむね対応する内容となっていますので、大学病院等については、学術研究機関等として(同項5号)、国公私立病院については「公衆衛生の向上」目的として(同項3号)、目的外利用の例外要件を満たすことが可能と思われます。