No.110/ワクチン接種(予防接種)における医師等の注意義務-最高裁H3.4.19判決、最高裁S51.9.30判決-

No.110/2022.12.1発行
弁護士 川島陽介

ワクチン接種(予防接種)における医師等の注意義務
-最高裁H3.4.19判決、最高裁S51.9.30判決-

1.はじめに

最近の報道によると、新型コロナのオミクロン対応ワクチンも開発され、長崎でも同ワクチンの接種が続いており、医療従事者や基礎疾患保持者、高齢者の中にはすでに5回目の接種を終えた方もいるようです。他方で、3回目までの接種を終えている国民は全体の6割を超える程度しかおらず、また、4回目については4割を下回る状況ですので、やはり、副反応などを気にして、ワクチン接種に前向きになれない国民も多くいることが窺えます。今回の医療法務だよりでは、ワクチン接種(予防接種)における医師等の注意義務を取り扱った判例を紹介したいと思います。

2.最高裁平成3年4月19日判決(判例㋐)

(1)事案の概要

事案は、生後6ヵ月の男児が、予防接種の数日前から発熱があったものの、天然痘の予防接種を受け、その9日後に脊髄炎様の高熱を発症し、両下肢麻痺、知能発達障害の後遺障害を残すに至ったというものです。

(2)裁判所の判断

この事案の争点は、予防接種と後遺障害との因果関係でしたが、最高裁は次のように判断しました。 「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には,禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である。」

3.最高裁昭和51年9月30日判決(判例㋑)

(1)事案の概要

事案は、1歳の男児が、予防接種の一週間位前から中等度ないし高度の間質性肺炎及び濾胞性大小腸炎に罹患していたものの、インフルエンザの予防接種を受け、予防接種の日の翌日上記疾病のため死亡したというものです。

(2)裁判所の判断

この事案の争点は、問診に関連した医師の過失の有無でしたが、最高裁は次のように判断しました。 「予防接種に際しての問診の結果は、他の予診方法の要否を左右するばかりでなく、それ自体、禁忌者発見の基本的かつ重要な機能をもつものであるところ、問診は、医学的な専門知識を欠く一般人に対してされるもので、質問の趣旨が正解(著者注:正しく回答)されなかったり、的確な応答がされなかったり、素人的な誤った判断が介入して不充分な対応がされたりする危険性をももっているものであるから、予防接種を実施する医師としては、問診するにあたって、接種対象者又はその保護者に対し、単に概括的、抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、すなわち実施規則4条所定の症状、疾病、体質的素因の有無及びそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある。

もとより集団接種の場合には時間的、経済的制約があるから、その質問の方法は、すべて医師の口頭質問による必要はなく、質問事項を書面に記載し、接種対象者又はその保護者に事前にその回答を記入せしめておく方法(いわゆる問診票)や、質問事項又は接種前に医師に申述すべき事項を予防接種実施場所に掲記公示し、接種対象者又はその保護者に積極的に応答、申述させる方法や、医師を補助する看護婦等に質問を事前に代行させる方法等を併用し、医師の口頭による質問を事前に補助せしめる手段を講じることは許容されるが、医師の口頭による問診の適否は、質問内容、表現、用語及び併用された補助方法の手段の種類、内容、表現、用語を総合考慮して判断すべきである。このような方法による適切な問診を尽さなかったため、接種対象者の症状、疾病その他異常な身体的条件及び体質的素因を認識することができず、禁忌すべき者の識別判断を誤って予防接種を実施した場合において、予防接種の異常な副反応により接種対象者が死亡又は罹病したときには、担当医師は接種に際し右結果を予見しえたものであるのに過誤により予見しなかったものと推定するのが相当である。そして当該予防接種の実施主体であり、かつ、右医師の使用者である地方公共団体は、接種対象者の死亡等の副反応が現在の医学水準からして予知することのできないものであったこと、若しくは予防接種による死亡等の結果が発生した症例を医学情報上知りうるものであったとしても、その結果発生の蓋然性が著しく低く、医学上、当該具体的結果の発生を否定的に予測するのが通常であること、又は当該接種対象者に対する予防接種の具体的必要性と予防接種の危険性との比較衡量上接種が相当であったこと(実施規則四条但書)等を立証しない限り、不法行為責任を免れないものというべきである。」

4.コメント

(1)予防接種法と新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の実施に関する手引き

予防接種に関しては「予防接種法」という法律があり、新型コロナワクチンの接種についても「臨時接種」として同法が適用されることなります。また、厚労省は「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の実施に関する手引き(13版)」を設けており、ワクチンの接種に関し、事前準備や接種の流れなど様々ことが規定されています。

(2)予防接種の救済措置

予防接種時の事故については健康被害について救済措置が設けられています。また、地方自治体を実施主体とする予防接種の場合、予防接種を行った医師等に過失が認められる場合には国又は公共団体が賠償責任を負うことになります。新型コロナのワクチン接種については「臨時接種」として自治体が実施主体となっていますので、医師等に過失が見られる場合には、まさに国家賠償の問題となり得るといえます。

(3)上記2つの判例からわかること

国家賠償の場面について、上記2つの判例から以下のことがわかります。 判例㋐によると、予防接種によって後遺障害が発生したこと(因果関係が認められること)を前提として、接種した者が“禁忌者に該当していた”と推定されることになります。そのため、国の側において、禁忌者を識別するための対応が尽くされたにもかかわらず発見することができなかったことや、接種した者が個人的素因を有していたこと等を主張立証しなければ国は責任を免れないとされています。 そして、接種した者が禁忌者に該当していたと推定されれば、禁忌とされた者に接種したことについての医師の過失の有無が問題となってきますが、判例㋑によると、適切な問診を尽くさなかったため、禁忌とすべき者の識別判断を誤って接種した者が死亡ないし後遺障害を負ったときには、原則として、接種に際し当該結果を予見し得たのに過誤により予見しなかったもの(過失あり)と推定されます。そのため、国の側で、副反応が接種時の医学水準からして予知できなかったこと、結果発生の蓋然性が著しく低く結果発生を否定的に予測することが通常であったこと、接種の必要性と危険性を比較した上で接種が相当と考えられたこと等を主張立証しなければなりません。 いずれの裁判所の判断も予防接種被害に対する救済の可能性を広げることに主眼があったことが窺えるものですが、予防接種を担当する医師等は認識しておくべき判例と思われます。

(4)おわりに

現在、新型コロナワクチン接種を実施されている医療従事者のご苦労は並大抵のものではなく、副反応の程度やアナフィラキシーなどに細心の気を遣いながら問診等に臨まれていることと推察します。一市民として感謝の意を示しつつ、できる限り事故が発生しないよう、引き続きの尽力をお願いするところです。