No.11/医療紛争を回避するために医療者は何をすべきか!?(その1)
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No.11/2020.10.15 発行
弁護士 福﨑 博孝
今回から5回にわたり、「医療紛争を回避するために医療者は何をすべきか!?」というテーマで筆を進めてみたいと思います。「医療紛争」には、大まかに言って、「医療事故紛争」と「ペイシェントハラスメント」(いわば患者家族から医療者へのパワハラのことです。以下「ペイハラ」)があります。しかし、これまでの私の(弁護士としての)医療法務の業務経験から考えてみても、医療紛争の中には、「本当にどうして、このような紛争にまでなる必要があったのか…」と思ってしまう事案が多く見られます。「医療者側の対応しだいでは、ここまでの紛争に発展することなどなかったのではないか」と思われるものもあり、その多くがいわゆる「ボタンの掛違い」をしてしまっているのです。そこで今回は、医療者が「ボタンの掛違えを惹き起こさないようにするためにはどうしたらよいのか」等ということを、様々な角度から一緒に考えてみたいと思います。そして、私の過去の業務経験と多くの判例・裁判例などから、“医療者が医療紛争を可能な限り回避するためには何をすればよいのか”という点について、私なりの考え方を明らかにしてみたいと思います。
まずは、この稿(1.はじめに)において、「紛争とは何か」、「当事者のどういう感情の動きが医療紛争を惹き起こしてしまうのか」等という点について考えていただき、それを理解していただいた上で、次回以降、以下のような構成で話を進めてみたいと思います。
医療紛争を回避するために医療者は何をすべきか!?
1.はじめに(医療紛争はボタンの掛違え?)
2.医療紛争を防ぐインフォームド・コンセント
3.診療記録等への記載と紛争回避機能
4.医療事故発生直後の患者家族との向き合い方(説明・謝罪の仕方)
5.まとめ(患者家族の誤解をどう回避すればいいのか)
1.はじめに(医療紛争はボタンの掛違え?)
(1)医療の臨床現場において、患者家族対応という観点から、いままさに喫緊の課題になっていることはと問えば、“医療事故紛争に際しての患者家族への対応の仕方”や“ペイシェントハラスメントにおけるペイハラ患者家族への対応の仕方”と回答する医療者も少なくないのではないでしょうか。通常は、これら2つの紛争を別々に扱って検討することが多いようですが、そもそも、「紛争」とは、「事がもつれて争いになること」「個人や集団の間で、対立する利益や価値を巡って起きる行動や緊張状態」であり、その意味での紛争ということであれば、この2つの根っこは同じといえます。つまり、医療者側と患者家族側との間に信頼関係が欠落してしまった上での「争い事」という意味ではまったく同じであり、また、ボタンの掛違いによる相互の誤解や感情の行き違いが大きく影響している場合が多いという意味でも同じといえます。すなわち、人間関係的な側面からいえば、医療事故紛争とペイハラとはその根底に横たわるものが同じといえるのであり、したがって、その対処法も総論的には同様のことが問題となってくるはずなのです。これら2つの紛争(医療事故紛争とペイハラ)を「医療紛争」というくくりでみていくと、「コミュニケーションの欠如」、「インフォームド・コンセントの欠如」、「信頼関係の欠如」などという負の共通項がすぐに抽出できます。しかも、医療事故紛争が患者家族の度を超した感情的言動によって、いわゆるペイハラといわざるを得ない状況に陥ることもよく見られる光景です。このような意味では、医療事故紛争とペイハラとは垣根がなく、そこにはグレーゾーンの拡がりがあるだけといって過言ではありません。 要するに、医療事故紛争とペイハラとは、人間の誤解や悪感情という根っこの部分において共通する部分が多く、「医療紛争」というくくりで説明した方が分かり易いのではないかと考えます。
(2)医療紛争の多くは、医療者に対する患者家族の“誤解や悪感情”という“患者家族の心模様”によって生じます。そこには、多くの場合に医療事故という突然の事態(近親者の突然の死傷など)における患者家族の精神的ショックが存在し、それとあいまって、「医療者側の軽率な言動」が医療者に対する悪感情を惹起させていきます(しかも、医療者がそれに気付いていないことも多いようです。)。例えば、医療事故により身内の死傷に遭遇した遺族の悲しみ・怒り・無力感といった絶望の感情は、医療者の“不十分なインフォームド・コンセント”(以下「IC」)や“軽率で不用意な言動”によって、大小の誤解を介しながら、不信感・怒り・憎しみという悪感情となって医療者に向かってくるのです。 もちろん、医療者は、このような事態を避けるための“倫理的な”知識と対処手法を身につけなければなりません。しかし、ここで求められている倫理とは、「人間社会において人としてとるべき常識的な対応」という意味程度のことなのです。つまり、医療者は、倫理的な対応の初歩として、①患者家族の誤解を避けるために事前の十分なICを実施し、健全なコミュニケーション関係を構築しておかなければならないといえます。また、②お互いの不必要な誤解を生じさせないように、又は、その誤解を大きくしないように、医療者は診療記録の記載をきちんとしておかなければならないともいえます。さらには、③事故後においても患者家族に対し謝罪等の誠実で真摯な対応(倫理的な対応)をとらなければならないともいえそうです。そして、この程度の医療者の倫理行動によって、医療紛争を避けることができる場合があり、また、医療紛争の深刻化を回避することもできるのです。 (次回からは、以上の点をもう少し掘り下げて説明をさせていただきます。)