No.102/遠隔診療における医師の注意義務

2022.10.3発行
弁護士 川島陽介

遠隔診療における医師の注意義務
ー長野地裁松本支部H28.2.17判決、東京高裁H29.9.28判決、最高裁H31.3.12判決-

1.はじめに

最近はWEB会議システムの普及や医師不足等により、オンライン診療を活用する場面も増えていることと思います。特に離島の多い長崎県においては、今後オンライン診療の活用が求められるものと思われます。 今回紹介する判例・裁判例は、オンライン診療ではありませんが、遠隔診療において診療等の対応をしてきた患者が自殺したという事案における医師の注意義務違反の有無が争いとなったものです。

2.事案の概要

精神科医である医師Yは、約4年もの間、転居により遠方(他県)に居住することとなった統合失調症患者である患者A(外国籍)に対し、患者A及び配偶者であるXの要望により、他の病院に通うことなく、対面もしくは電話又はメールで提供された情報を前提とした「遠隔診療」で診療等の対応をしていた。しかし、患者Aは、下記メールから13日後、養生のため一時帰省中の外国で、マンションから飛び降り自殺した。Xは医師Yには患者Aの自殺を防止するために必要な措置を講ずべき義務を怠った過失がある等と主張し、損害賠償を求める裁判を提起した。 (Xから医師Y宛のメール)「5/22にセレネース11㎎→10㎎に減らしましたが、ここ数日、夕方になると幻聴が激しくなり、また、眼球上転もでているようです。今日は希死念慮がかなりつよくでていて『これからは3人で生きて下さい』との言葉もありました。危険なので、義母に監視を頼み、セレネースを11㎎に戻すようにいいました」 (医師YからX宛の返信メール:2日後)「薬は幻聴が少なくなり、日常生活ができるところを目標にしているわけです。困難な場合には、入院で薬の調整をして頂くことを考える必要があるかもしれません。確かに難しい状況であることは認識しておりますが、鎮静作用を主にしていかざるを得ない状態であると思います」(※医師Yは「鎮静作用を主に」との言葉でXが薬の増量指示と理解できるものと考えていた)

3.裁判所の判断

(1)第一審(長野地裁松本支部H28.2.17判決)

第1審である長野地方裁判所松本支部は、㋐医師Yが用量等を示して投薬を指示していたこと、㋑メールの内容からして医師Yにおいて増薬が必要であると判断していたこと、㋒医師Yの返信は医学的知識を持たないものに対して具体的な指示となっていないこと、㋓患者Aは外国でXは国内にいるという状況下で、医師Yは電話やメールで相談を受けただけであるが、従前からそのような直接の診療が困難な状況を前提に診療を継続していたこと等から、医師Yに減薬を中止して元の処方に戻すか、別の抗精神病薬を投与すべき注意義務の違反があったと認めた。ただし、抗精神病薬の効果発現には通常2~4週間を要すること等から、この注意義務違反と患者Aの死亡との間に因果関係はないとして請求を棄却した。

(2)控訴審(東京高裁H29.9.28判決)

控訴審である東京高裁は、上記㋐~㋓の事情に加えて、㋔医師YがXの判断によりAの服薬量の調整することを容認していたこと、㋕医師Yは患者Aが病院を退院する際に治療方針を立て、その後患者Aの状態が悪化した後もこの治療方針を維持する姿勢を示していたこと、㋖医師Yは患者Aの帰国について異論を唱えることなく、その後は患者Aの状況をXから聞いて把握する程度であったこと、㋗医師Yは状態が悪化した際の当該外国での対応可否について検討しておらず、Xに対応を準備しておくよう指示した形跡もないこと等の事情から、患者Aの自殺を招くこととなったとの認定を行い、これらに加え、㋘医師Yも患者Aの症状からして診察の回数は十分でないと認識していたこと、㋙医師Yは、転院せずに主に遠隔診療で対応することは適切でないと認識していたこと、㋚医師Yは、直接診療の際にも患者Aの語学能力の問題からXが同席せざるを得ず、患者AがXの顔色を窺いながら話をするため、患者Aの真の状況を把握するのが困難であると認識していたことといった事情等から、医師Yに自殺を防止するために、具体的な増薬の指示、監視の徹底及び入院措置等の必要な措置を講じるべき注意義務の違反があったと認定し、Xに責任が認められた範囲(状況を認識しながら患者Aを帰省させたこと:8割)を除き、Yに損害賠償を命じた(2割)。

(3)上告審(最高裁H31.3.12判決)

これに対し、最高裁は、医師Yの診療態勢の当否に具体的に触れることなく、医師Yは抗精神病薬の服薬量の減量を治療方針として本件患者の診察を継続し、これにより本件患者の症状が悪化する可能性があることを認識していたとしても、本件の事情の下においては、本件患者の自殺を具体的に予見することができたとはいえず、医師Yに本件患者の自殺を防止するために必要な措置を講ずべき義務があったとはいえないとして、医師Yの責任を否定した。

4.コメント

この事案において第一審・控訴審は、医師Yに増薬等の指示を行うべき注意義務違反があるとの認定をしています。第一審・控訴審の裁判所がこのような認定をした理由は、医師Yの対応や診療態勢を問題視したということにあるものと思われます。第一審は、医師Yのメールを重要視し、控訴審は、医師Yが患者Aの診療として、「遠隔診療」では適切な診察ができていないと認識しながら遠隔診療を継続してきたことについても、不適切であったと評価しています。この患者を診る方法として遠隔診療は適切でなかったと判断したと評価することもできます。他方で、最高裁は具体的な診療経過や遠隔診療の当否を述べることなく、患者A死亡の予見可能性がないことを理由に請求を棄却し、遠隔診療の点には何ら触れずに結論を出しています。

ところで、オンライン診療(オンライン受診勧奨を含む。)には、「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(平成30年3月(令和4年1月一部改訂)以下「指針」といいます。)において、「最低限遵守する事項」というものが定められており、そこに掲げられていることを遵守して初めて医師法20条(無診察診療)に抵触しないとされています。その「最低限遵守する事項」の中には、「オンライン診療を実施する都度、医師が医学的な観点から実施の可否を判断し、オンライン診療を行うことが適切でないと判断した場合はオンライン診療を中止し、速やかに適切な対面診療につなげること」といった医師の行うべき対応も記載されており、仮に本件事案で行われたのがオンライン診療で、かつ、この指針が存在していたとすると、医師Yの対応は指針に抵触することになったものと思われます。この裁判例の第一審・控訴審の判断や指針の内容からして、少なくとも医師が十分な診療を行えていない等の不安を感じている状況の場合には、速やかにその状況を改善するための措置(面談診療への切り替えなど)を行うことが望ましいといえます。なお、本件事案は精神科医療の分野のものとなりますが、日本精神科病院協会は令和2年10月18日付「オンライン診療に対する日本精神科病院の見解」において、オンライン診療に対して慎重な姿勢を見せるとともに、「オンライン診療は、医師と患者のやりとりがPC/スマホの画面越しであり、医師の五感を使った診察に制限が生まれる。上記に示した現在症の把握には適した条件を満たしているとは言い難い。また、診察という出会いを通じての医師ー患者間の治療関係を醸成していくことにも困難を来たすことが十分に考えられる。」との見解を示しています。オンライン診療そのものを否定するものではありませんが、本件事案のような精神科医療の分野では、より遠隔診療やオンライン診療について慎重な対応が求められているようです。