No.68/診療記録(カルテ等)の医療訴訟上の位置づけとその重要性(その2)
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No.68/2022.1.17発行
弁護士 福﨑 博孝
診療記録(カルテ等)の医療訴訟上の位置づけとその重要性(その2)
~カルテ等に記載の無い事は、無かったこと!~
2.診療記録(カルテ等)への記載・不記載の訴訟上の意味
東京地裁医療専門部の廣谷章雄裁判官は、「説明内容についてカルテにどのような記載がされているかということは、判断を分け得る重要なポイントだといえる。総合的に考慮して、カルテには記載がないけれども説明はしたという判断がなされることはあるが、カルテに記載していた方が『説明したということ』を裁判所に対して説得力をもって主張できることは間違いない」(判例タイムズ№1391「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」55頁)といっています。そしてそのことは、多くの裁判例をみてもそのほとんどが同様の判断をしています。すなわち、単純化して言えば、裁判所では‟診療記録に記載してあることは『あったこと』”と判断し、‟診療記録に記載してないことは『なかったこと』”として取り扱われるということなのです。
(1)診療記録(カルテ等)に‟記載してある”ことは「あったこと」!?
まずは、‟診療記録に記載してあることは『あったこと』”と判断された裁判例ですが、この種の裁判例では患者家族側に不利な判決となることが多くなります。例えば、東京地判平成15・6・27では「カルテ等診療記録に記載のある診療行為やその説明については、その記載のとおり事実として信用できる。」としています。これなどがもっともポピュラーな裁判例なのですが、信用性が担保された診療記録の記載内容は、よほどの事情がない限り、裁判所はそのまま事実として認定することが多いのですから、医療側の主張が認められることになるのです。 そしてそれはなにも、‟詳細に記載しておくことが必要なのか”というと、そうでもありません。例えば、東京地判平成18・10・18は「診療録の診察記録欄に『入院精査を!(拒否)(多忙)』という記載があれば、『入院を勧めたが、多忙を理由に拒否された』と認めるのが相当」と判断していますし、また、大阪地判平成23・1・31などでは「診療録に‟薬剤の作用機序を説明する『図」』”が記載されている場合には、その薬剤の作用機序を説明したと『推認」』できる」と判示し、カルテへの図の記載だけで薬剤の作用機序を説明したと認定しているのです。要するに、診療の繁忙さにかまけて何も記載しないという姿勢ではなく、繁忙な中でもほんの1行でも2行でも重要事項の記載をするという姿勢が医師自らを助けているということなのです。 また、大阪地判平成23・1・31では「『自らの代理人弁護士の尋問に誘導されない』『不利な事実でも正直に認める』など、医師の証言態度に正直に供述しようという態度が見て取れるときには、その供述は信用できる」とも判示しています。つまり、‟ 不利な事でも嘘をつかないような真面目な医師の証言こそ信用に値する”ということなのです。
(2)診療記録(カルテ等)に‟ 記載してない”ことは「なかったこと」!?
次に、‟ 診療記録に記載してないことは「なかったこと」”と判断された裁判例を紹介しますが、このパターンでは医療機関側に不利にはたらくことがほとんどであり、そのことで敗訴してしまった事例も多いはずです。 例えば、東京高判平成10・9・30では、裁判所に提出した陳述書において「『数年間に8回も精密検査を指示した』と供述しているとしても、診療録に『精密検査の指示』が一度も記載されていない場合には、むしろそれは『右指示の不存在』を推測させる」と判断され、医療者側の主張が排斥されています。 福岡地判平成11・7・29では「診療録上には『明日分娩誘発がよいか?』と記載してあるのみで、『分娩誘発の適応、要約、副作用の内容、説明に対する妊婦の反応等』の記載が認められない場合には、『分娩誘発の説明をした』とは認められない」と判断しています。なお、この判決では、「分娩誘発の説明をした」かどうかの判断要素の1つに、「説明に対する妊婦(患者)の反応がある」としていますから、患者に説明した時の「患者の反応や言動」を簡単にでも記載しておけば、その記載内容は信用性の高いものとなります。 横浜地判平成12・4・26は「診療録に抗がん剤の副作用を説明した旨の記載がないときには、診療録には説明した内容の全てを記載するわけではないことを考慮しても、その説明をしたという医師の供述は信用できない」としており、抗がん剤の副作用のインフォームドコンセント(IC)を否定しています。 東京地判平成13・12・17は「手術の内容等について明確かつ具体的な説明をうかがわせる(診療録上の)記載がないこと等に照らせば、『手術の合併症(筋力低下等)について具体的かつ明確な説明をしなかった』ものと認めるのが相当である」としています。 東京地判平成15・4・25では「病院の全ての診療録(耳鼻咽喉科、放射線科等)に『問診を実施した』という記載がない以上、問診を実施しなかったものと認める」と判断しています。 大阪高判平成17・9・13は、端的に「診療録に『出血』の記載がないことは、『出血がなかった』ことを示すものである」としています。 福岡地判平成19・8・21では「手術の合併症等の説明内容は詳細に診療録に記載していることからすれば、『当該手術による死亡や後遺症のリスクについて具体的な数値を挙げて説明した』というのであれば、そのことを記載しないということは考え難い」と判示し、詳細な記載から漏れた事項については説明していないものと判断しているのです。 東京地判平成30・3・22では「Y病院において作成された診療録等には体位交換をいつ行ったかの記載はなく、本件全証拠によっても、Y病院において体位交換表に記載された頻度で体位交換を行うことについて、体位交換を実施した時間を記録するなど看護師間で情報を共有する具体的な仕組みや運用があったとは認められないことからすると、仮に、Y病院において、2時間ごとの見回りが行われていたとしても、2時間を空けない体位交換がルーティンワークとして実施されていたとは認めることはできない」とし、さらに、「Y病院は、非常勤看護師が6月18日に亡Aの褥瘡を発見したと主張する。しかしながら、Y病院の看護師が褥瘡又は褥瘡の診断の根拠となる発赤を発見したのであれば、当然診療録等に記載されるべきであるところ、Y病院の診療録にはその旨の記載がないこと等からすると、医師や看護師が、亡Aに褥瘡が発症していることを認識したのは6月20日であると認められる」としています。
(3)看護記録も同様の取扱い!
看護記録も診療記録の一つであり、その記載内容についても、原則として真実性が担保されており、裁判では、看護記録に記載があるとそのとおりの内容で事実が認定されやすく(東京地判平成19・3・16)、また逆に、その内容の記載がないとそう簡単には認定されない(大阪地判平成19・3・9)ということになります。近時の電子カルテには、医師の記載部分と看護師の記載部分が日付を追って同時に記載されることが多いようですが、いずれの記載部分も訴訟上の取扱いとしては同じであると考えておいて下さい。したがって、看護師さんの記載部分も重要であり、医療訴訟においては裁判の帰趨を決することがあるのです。