No.6/長崎県医師会ペイハラアンケート調査結果について
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No.6/2020.9.1発行
弁護士福﨑 博孝
長崎県医師会(病院部会)は、県下全ての病院を対象にペイシェントハラスメント(以下「ペイハラ」)に関するアンケート調査を実施し(送付先147病院、回答数72病院)、令和2年7月31日、その調査結果を取りまとめています(以下「報告書」)。その報告の結果について、私の個人的な感想や意見を述べさせていただきます。
1.多くの病院がペイハラに難渋し悪戦苦闘していること
ペイハラ(暴言・暴力等)があったかどうかについての質問には、過去1年以内(又はそれ以前)に72病院中49(68.1%)の病院が「あった」と回答し、その態様については、①執拗かつ辛辣な対応要求、②脅迫・名誉毀損・侮辱・暴言、③医療行為等に対する非難や批判と責任追及の順番になっており、④業務妨害、⑤暴行・傷害なども少なくありません。さらに、ペイハラ患者家族の何に困っているかを聞くと、①職員が対応に時間をとられ業務に支障が生じていること、②職員の就労環境が悪化してしまうこと、③患者が“退院しない”等により不必要な入院が継続されてしまうこと(退院を勧告しても従わないこと)という順番になっています。これらを見る限り、多くの病院においてペイハラ患者家族への対応に難渋し、職員等が悪戦苦闘している様子がうかがえます。特に、サポート内容についての質問において、〇専門家によるカウンセリング、〇精神科医又は心療内科の受診、〇一定期間の休業などの回答がみられ、〇労災認定を受けている場合もあることから、職員の就労環境への悪い影響は顕著のようです。〇退職した人、〇心労により体調を崩した人、〇そのために休業を余儀なくされた人もみられ、〇精神的ストレスによる感情障害を引き起こしたスタッフもおられるようです。
2.病院組織全体によるペイハラ対応の必要性
ペイハラ(暴言・暴力等)を受けた職種については、順に①看護職員、②事務職、③医師となっており、看護職員が89.8%と非常に多くなっています。これに対して、当該職員に対するサポートについて聞くと、「行っている」と回答した病院が41(83.7%)となってはいるものの、「行っていない」とする病院が8つ(16.3%)もあります。病院のペイハラ患者家族への対処は、組織全体の問題として組織全体で対応しないと職員が身体的にも精神的にもつぶれていきます。ペイハラに対しては、「常に病院組織の問題として組織全体で対処し、常に複数対応する」というのが大原則です。そうでないと、ペイハラへの効果的な対応はほとんど期待できないのです。
3.医療者も患者家族もペイハラの原因を相手方に求めてしまう
ペイハラの「原因」になったものが何かという質問もなされています。その回答数の順番は、①患者家族の誤った権利意識、②患者家族が抱えるメンタル障害・パーソナリティ障害、②病気や治療方針・実践したケアに対する不満や不安となっており、その後に、④医師をはじめ職員に対する誤解や悪感情、⑤患者家族の元来の反社会的性格、⑥医師・看護師等の説明不足(不十分なIC)と続いています。しかしこれは、医療者側から見た結果であって、患者家族側から見たらどうなるでしょうか。ある病院が、当該病院にクレームをつけた患者家族のクレームの理由について調査したことがありますが、上記の⑥医師・看護師等の説明不足(不十分なIC)、②病気や治療方針・実践したケアに対する不満や不安、④医師をはじめ職員の態度に対する悪感情などが多くなっていました。すなわち、医療者側も患者家族側も、ペイハラの原因については自分たちの足元が見えていないという側面があるようなのです。
4.患者家族からのペイハラに対する病院側の対応策
ペイハラ(暴言・暴力等)に対する対策についての質問には、①事例等の情報共有、②弁護士との提携(顧問契約の締結など)、③対応マニュアルやガイドラインの作成、④担当部署の設置、④職員研修などが回答の多い順に並んでいます。しかし、ペイハラ防止啓発ポスターの掲示、院内放送などはそう多くはなく、「特に対策はしていない」という回答もあります。ペイハラ防止啓発ポスター掲示や院内放送はペイハラ防止に比較的効果的です。いずれにしても、「特に対策はしていない」というのは論外だろうと思われます。また、実際に行った対応についての質問には、その多くが①相手方との話合いと回答されています(これは当然のことです。)。しかし、②以後の診療拒否、②院内立入禁止、③誓約書等の書面を書かせる、④警察介入、⑤弁護士への相談などもみられ、それなりの具体的な対応がなされている場合も多いようです。もっとも、「現場の医師・看護師等に任せている」、「特に対応したことはない」という回答もあり、今後は「それでは済まないケース」が増えてくるのではないでしょうか。
5.ペイハラ事件を減らすための病院側のこれからの取組み
ペイハラ(暴言・暴力等)をなくすために必要な取組みについても質問されており、多い順に、①職員のコミュニケーション能力の向上(70.8%)、②ペイハラに対する職員対応の研修(61.1%)、③警察との連携(55.6%)、④対応マニュアル等の整備(52.8%)、⑤弁護士との連携(48.6%)、⑥診療拒否・立入禁止等の毅然とした対応(47.2%)、⑦地域病院間での情報共有と共助(37.5%)などとなっています。これらを見る限り、職員への研修等によるコミュニケーション能力の向上によってペイハラ事件を減らせることができるのではないか等ということは各病院とも自覚されているようです。しかし、長崎県医師会がペイハラ勉強会を催した場合には95.6%の病院が参加すると回答され、しかも、各病院が長崎県医師会に対し、研修会(指導者向け研修会、コミュニケーション能力・IC能力を向上させるための研修会、事例検討会、情報共有のための意見交換会)の開催、ペイハラについての対応マニュアル又は指針の策定、医師会による相談体制・(第3者機関的な)対応体制、ポスター・研修用資料等の作製、弁護士紹介窓口の設定などを求めておられるところをみれば、ペイハラを減らすためには何が必要なのか(コミュニケーション能力の向上等)について理解はしているものの、各病院ともその具体的な手立てが分からない(医師会の研修で学びたい)という状況にあるような気がします。
6.まとめ
以上のとおり、一部の患者家族からの医療者に対するペイハラは、医療現場の就労環境を悪化させる大きな要因の一つになっており、医療の質を低下させる要因ともなっています。これらに対する対応を一つの病院・医療者個人の問題として対応することは困難となってきています。これからは、アンケートに見られる病院や医療者の悲痛な声を受け取った医師会が今後どう対応するのか、ということだと思われます。