No.46/“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その8)
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No.46/2021.7.15発行
弁護士 福﨑 博孝
“判断能力・同意能力のない患者”についてのインフォームド・コンセント(その8)
-患者に判断能力・同意能力がないときには誰に説明すればよいのか?-
3.“一時的に”同意能力に支障が生じている成年患者への医療行為の決定プロセス
一時的にせよ同意能力(理解力・判断能力)が欠如した状態の患者に対する手術などの医療行為についても、上記2.(その6、その7)と同様に平成30年3月付ガイドラインの考え方に従って実施していくしかないものと思われます。このガイドラインにおける「患者の意思が確認できない場合」の原則論に基づいて決定していくことになります。すなわち、第1に「家族によって患者の意思を推定できる場合にはその推定意思を尊重し、患者にとって最善の治療方針をとること」、第2に「家族が患者の意思を推定できない場合には、患者にとって何が最善であるかについて家族と十分に話し合い、患者にとっての最善の治療方針をとること」、第3に「家族がいない場合及び家族が判断を医療チームに委ねる場合には、患者にとって最善の治療方針をとること」という考え方とその趣旨をもって対応するしかないのではないかと考えます。 そして特に、以下の点については十分留意して下さい。
(1)患者本人の同意に代わる「家族の同意」(本人意思の推定)が許される場合
病状が重篤なこと、手術中であること等から一時的に理解力・判断力(同意能力)に支障が生じている者については、その患者本人から医療行為の同意を得ることができません。例えば、患者本人の判断や同意を必要とする事態が全身麻酔中の術中に生じた場合については、家族の同意を得ながら(家族の意見を聴きながら)臨機応変な対処を行うことになります。しかしこれも、上記2.(その6、その7)のガイドラインでも指摘されているとおり、家族に同意権があるというのではなく、家族により患者本人の意思を推定するという意味での「家族の同意」と考えるべきです。
(2)「家族の同意」(本人意思の推定)では代えることができず、「患者本人の同意」が必要な場合
しかし、手術開始後の状況に応じた臨機応変の措置が必要な場合については、それが本来予想された事態である場合には、術前にその予測に基づいて臨機応変の措置を説明しておかなければなりません。その事前の説明をしておかなかった場合には、それが改めて再手術等をする余裕があるときには、当該措置をしないまま手術を途中で終了すべきであって、家族への説明のみによって当該措置を行うことは許されないとする裁判例が多くあります。以下に幾つかの裁判例をご紹介します。
ア この点について、広島地判平成元・5・29では、「医療契約の締結によって右承諾(医療行為についての患者の承諾)が全てなされたものということはできず、医療契約から当然予測される危険性の少ない軽微な侵襲を除き、緊急事態で承諾を得ることができない場合等特段の事情がない限り、原則として、個別の承諾が必要である。…本件については、全身麻酔中で患者Xに意識がなかったため、患者の承諾を得ずに子宮全摘術を行っているが、子宮摘出は、虫垂炎の手術等を内容とした医療契約から当然予測される危険性の少ない軽微な侵襲とは到底いえないし、子宮筋腫について、緊急に手術を要したわけではなく、いったん閉腹して患者の承諾を得ることも可能であったから、子宮全摘術の実施は、患者の承諾を要しない場合に当たらない。患者が成人で判断能力を有する以上、姉の承諾をもって患者の承諾に代えることは許されない。」と判示しています。
イ また、東京地判平成13・3・21は、帝王切開手術中に夫(同病院の同僚医師)の同意のみで子宮摘出術を行ったことが違法であるとされた事例ですが、「医療行為がときに患者の生命、身体に重大な侵襲をもたらす危険性を有していることにかんがみれば、患者本人が、自らの自由な意思に基づいて治療を受けるかどうかの最終決定を下すべきであるから、緊急に治療する必要性があり、患者本人の判断を求める時間的余裕がない場合や、患者本人に説明して同意を求めることが相当でない場合など特段の事情のない限り、医師が患者本人以外の者の代諾に基づいて治療を行うことは許されない。これを本件についてみるに、子宮からの出血の持続はその可能性があるにすぎず、筋腫の増大やそれに伴う月経過多慢性貧血の発生も単にその可能性があるというにすぎないから、いったん閉腹し、子宮の血管怒張が収斂するのを待って子宮摘出手術を施行することも十分考えられる状況であった。したがって、直ちに患者の生命に影響するような状況にはなく、帝王切開に引き続いて本件手術(子宮全摘術)を行わなければならないほどの緊急性はなかったと認められる上、子宮筋腫という病名は、がん等の病気のように患者に説明すること自体に慎重な配慮を要するともいえないから、(患者の夫の)代諾に基づく治療が許される特段の事情はない。」と判示しています。なお、本件患者の夫は担当医師の同僚医師であり、そのことから、担当医師が、“患者本人の意思を十分確認できなくても、同僚の医師である夫の了解さえあれば問題ないであろう”などと安易に考えていたふしがあります。
ウ さらに、東京高判平成16・10・28は、「本件手術中の迅速診断により結節状病変ががんの転移であると確認された時点において、担当医師らのうち誰かが、家族(患者の妻、長女)に対して右肺中葉に結節状病変が存在すること、それががんの転移であったことを告げ、手術を続行することについて家族らの判断を求める余裕は十分にあったと推認される。しかし、担当医師らは家族Xらの判断を求めることなく、右肺中葉切除を行った。…患者ないし家族らが…決断を求められた場合には、手術を続行することを決断する可能性はなく、仮に、その可能性があったとしても、その程度はかなり低かったと認められる。したがって、第1回手術中に担当医師らが説明義務を尽くしていれば、第1回手術は続行されず、患者Aに重篤な術後合併症が生ずることも、第2回手術によって患者Aが心不全によって死亡することもなかったと認められるから、上記説明義務違反と患者の死亡との間には相当因果関係が認められる。」と判示しています。
(3)「家族の同意」(本人意思の推定)を得る余裕がない場合
事故等による緊急手術など、患者本人の同意どころか、家族の同意(本人意思の推定)を得ることも不可能な事態があり得ます。そしてこの場合にも、「患者本人の意思の推定」という考え方は維持されるべきであり、上記のとおり、「家族がいない場合(及び家族が判断を医療チームに委ねる場合)」として、「患者にとって最善の治療方針」という対応をするしかないものと思われます。したがって、患者本人の価値観・生活状況・属性などが全く情報として与えられていない場合には、医療の本来の目的である「患者の健康や命を守る」(患者の健康と命が最優先)という考え方に基づいて、「医療行為の妥当性・適正性」を前提とする「最善の医療」を施すということになるのではないでしょうか。