No.3/職員の新型コロナ感染とパワハラ防止法① 【新型コロナ感染職員の職場復帰を目指して】
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No.3/2020.8.1 発行
弁護士 福﨑博孝
パワハラ防止法(労働施策総合推進法 以下「防止法」といいます。)が昨年(2019年)5月に成立し、本年(2020年)6月1日からが施行されていることはご存知ですか。防止法では、いわゆるパワハラ言動を事実上禁止しています。また、厚労省は、同年1月15日にパワハラ防止指針(以下「防止指針」といいます)を告示し、パワハラ言動の例を挙げて何がパワハラか、事業者はどう対応すべきか等を明らかにしています。
1.防止法における「パワハラ」の定義
(1)防止法30条の2では、「事業者は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と規定しています。このように防止法では、「パワハラ」か否かの判断のために、①職場において行われるものであること、②優越的な関係を背景とした言動であること、③業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること、④労働者の就業環境が害されるものであることという4つの要件を挙げています。
(2)そして防止指針では、「優越的な関係を背景とした言動」について、例えば、(1)職務上の地位が上位者による言動、(2)同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの、(3)同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるものとしています。つまり、パワハラ言動は、必ずしも上司の言動のみではなく、同僚又は部下の言動であってもそれに該当することがあるのです。
2.防止指針で例示するパワハラの行為類型
以上のとおり、防止法ではパワハラの定義を明らかにしていますが、職場におけるパワハラの行為類型は多様であることから、防止指針でその代表的なパワハラ言動の類型を具体的に例示しています。例えば、①暴力・傷害など身体的攻撃、②脅迫・名誉棄損・ひどい暴言など精神的攻撃(人格否定、威圧的な叱責、長時間にわたる厳しい叱責、能力の否定、罵倒等)、③隔離・仲間外し・無視など人間関係からの切り離し(仕事外し、長時間にわたる別室隔離、自宅研修等)、④不要なこと・遂行不可能なことの強制、仕事の妨害など過大な要求(肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務と関係のない作業、到底対応できない業績目標を課すこと等)、⑤能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないことなど過小な要求(管理職に誰でも遂行可能な業務を行わせること、嫌がらせのために仕事を与えないこと等)、⑥私的なことに過度に立ち入ることなど個の侵害(職場外での監視、私物の写真撮影、機微的個人情報の暴露等)が挙げられています。
3.“いじめ・嫌がらせ”もパワハラ(暴言・暴力だけがパワハラではない!)
上記の①②は、いわゆる「パワーハラスメント」といって違和感はありませんが、③から⑥はパワーハラスメントというより、「ソフトハラスメント」という感じではないでしょうか。「ハラスメント」とは、本来的には「いじめ、嫌がらせ」のことをいうのであり、それにより「苦しめること、悩ませること、迷惑をかけること」を意味しています。もともと、ハラスメントは、いわゆるソフトハラスメントが主体の概念であり、今回の法律も、「パワハラ防止法」というよりも「ハラスメント防止法」というべきなのです。いわゆる暴言・暴力に該当しなくても、「いじめ・嫌がらせ」に該当する限り、防止法で事実上禁止されたパワハラに該当する可能性がありますから、職場での言動には要注意ということになるのです。
4.新型コロナ感染職員の職場への復帰
(1)新型コロナ感染症に立ち向かって悪戦苦闘している医療者やその家族が、地域社会から受けるバッシング(不当な差別・ハラスメント)の現実を知るにつけ、わが国の恥部を垣間見るような暗い気持になります。しかしそれとは別に、病院内の職員間(上司対部下、同僚対同僚など)での新型コロナ感染に関する「嫌悪や差別」が、感染職員の職場への復帰に際して極大化することも考えられます。しかし、それを放置すれば短期間に臨床現場を崩壊させかねません。防止法との関係で言えば、ソフトハラスメントもパワーハラスメントと同様の取扱いをされていることから、いじめ・嫌がらせ的言動自体が「パワハラとして違法」となる可能性が高く、それを制御できない病院管理者(事業者)には重大な責任が生じることにもなりかねません。このような事態を惹起させないようにするためにはどうしたらよいのかということを検討しなければならないのです。
(2)確かに、地域社会の人々や病院職員一般の「不安と恐怖という感情」は理解できます。しかし、それを言動として表現する時には合理的思考・科学的思考を欠落させないようにしないと、不合理な差別(パワハラ)となってしまいます。職員間に合理的思考・科学的思考を欠いたら、感情の発露・感情の対立だけが表に出てきます。したがってここでは、「職場復帰を予定する職員」と「受け入れる側の職員」との間の「相互理解」、「互いに思いやる気持ち」、「コミュニケーション」が必要なのです。職場復帰する職員は、多くの職員が受けている「地域社会からのバッシング」等のことを理解する姿勢が必要ですし、一方で、受け入れる側の職員は、どこまでも合理的思考・科学的思考を忘れないことだと思います。院内の全ての職員は、コロナ禍において、被害者になることもあれば、加害者になることもあり得ること(これを「互換性」といいます)を忘れないで欲しいのです。
(3)いずれにしてもそれは、地域社会からのコロナ差別と異なり、医療機関という事業者の下での「事業者(幹部)と労働者」、「労働者と労働者」との間での問題であり、差別的に特別扱いすることについて合理的な理由がない限り違法になることを忘れないで下さい(もっとも、地域社会からの感染者・医療者等へのコロナ差別が違法ではないという意味ではありません。状況しだいでは、一般の人や会社等からの医療者その家族へのコロナ差別も違法ということになり、損害賠償などの対象になる可能性があります。)。
(4)「差別」とは、本来、「差をもうけて別異に取り扱う」という意味であり、合理的な理由のある差別は法律上何ら問題ありません。したがって、新型コロナ感染陽性者等を感染症法により隔離しながら治療を進めることなどは、医学的・科学的合理性のある特別な強制処遇ですから、いわゆる「別異に取り扱う」という意味での差別ではあっても、法的には何の問題もないのです。しかし、病院内の職員間でのコロナ院内差別は、それに合理的な理由がない限り、不当・違法な差別となりかねず、それこそパワハラと化して労働法制上も違法ということにならざるを得ないこともあるのです。