No.18/ ペイシェントハラスメントへの対処法(その2)-その理論と実践-

No.18/2020.12.1発行
弁護士 福﨑 博孝

1 ペイシェントハラスメントという考え方

(1)モンスターペイシェントと呼ぶべきではない理由

ア  モンスターペイシェントは「性格」が問題なのか、「言動」が問題なのか

(ア)近時、医療の現場では、いわゆる「モンスターペイシェント」、「モンスタークレイマー」と称する医療トラブルが多くなっています。しかし、その事案の実情を聴くと、①当該病院による民事的な対応ではとうてい解決不可能で弁護士や警察を頼らなければならない事案から、②医療者への単なる不平や不満という苦情事案、③ペイハラというよりも医療事故紛争についてのトラブル事案に過ぎないものまで、そのトラブルの内容は多様です。当該患者家族が医療者に「声を荒げている」というそれだけで、これらを十把一絡げで、「モンスターペイシェント」、「モンスタークレイマー」(以下「モンスター事案」ということがあります)といってしまうのは、かえってそのトラブルを根深いものとしてしまう可能性があります。すなわち、事案によっては早期の解決が可能であるにもかかわらず、それをこじれさせることになりかねないのです。 そもそも、医療行為に不信をもち、医療者の説明に納得いかずに質問を繰り返す患者家族が、時に少し声を荒げただけで、その患者家族を「怪物」(モンスター)といってしまうことには違和感があります。本来、「クレーム」とは、「サービスに対する苦情や改善要求、契約あるいは法律上の権利請求」を指す外来語であり、原語では「正当な主張・請求・要求」の意味とされています。すなわち、本来的な意味では、「クレーマー」とは「正当な主張や請求をする人」のことなのです。したがって、医療に不信を抱いて医療者に説明を求め、その説明に納得できずにそれを繰り返しただけであれば、仮に少しくらい声を荒げる場面があったとしても、「正当な主張や請求をする人」という域を出ないこともあるはずです。

(イ)もっとも、近時では、「クレーマー」とは「常識の範囲を超えてしつこく文句を言ったり、言いがかりと思われるような主張や請求を繰り返す人のこと」を意味するものとして使うことが多いようです。しかしそれでも、医療行為やそれに関連する事項についての医療者の説明に納得がいかずに質問を繰り返すだけで、その患者家族を「モンスター(怪物)」といってしまうのは、「過度の決めつけ」になってしまいます。 いずれにしても、いわゆるモンスター事案における患者家族については、“その非常識なその「性格」に問題があるのか”、それとも、“その非常識な「言動」に問題があるのか”、という点が重要となります。そして、この点については、患者家族による非常識な『言動』にこそ焦点を当てるべきであり、「その言動に対して、どう対応するのか」という観点から検討することが必要であって、この種の事案における喫緊の課題といえます。患者家族の「性格」を揶揄するがごとき「モンスター(怪物)」「モンスターペイシェント(怪物患者)」などという呼び方は、このような問題の解決について、何の糸口も与えてくれることはないばかりか、逆に解決を益々困難にしてしますのではないかと思います。

イ いわゆる「モンスターペイシェント」について

いわゆるモンスターペイシェントとは、一般的には、「医師・看護師等の医療者に対して自己中心的で理不尽で非常識な要求をし、果ては暴言・暴力を繰り返す患者家族のこと」を意味し、そのクレーマーとしての言動が、度を超してモラルに欠けていることから、「モンスター」(怪物)と呼ばれているようです。 しかし、モンスターペイシェントと呼ばれる患者家族も、その当初は「医療行為や医療者に対する苦情・不平・不満をいう人」というレベルから始まっていることが多いのではないでしょうか。そして、そこには「正当な主張・請求・要求」(クレーム〔claim〕という英語の本来の意味)も含まれていたはずなのですが、医療者側が真摯な対応をとらずにそれを無視したり、あるいは、忙しさにかまけてそのことを見逃したりしている場合もあるようです。また、患者家族の苦情自体に理不尽な点があったとしても、その不合理性を十分納得させることができればいいのですが、医療者側でそれをやっていないケースも多くあります。そして、その時の医療者側の対応しだいで、患者家族の不平や不満が徐々に増大していき、その「言動」がエスカレートしてしまうことがあるのです。それをいわゆる「モンスター化」、「悪質クレーマー化」などといっているようですが、この場合の問題点は、患者家族の「性格」にあるのではなく、客観的に現出した「言動」にあるということになります。

ウ いわゆる「モンスターペイシェント」は“ハラスメント”であり、その中でも“ペイシェントハラスメント(ペイハ ラ)”に分類されること

以上のとおり、いわゆるモンスター事案では、その患者家族の「性格」ではなく、「言動」を問題にし、それを前提に事案の分類と分析がなされなければならないはずです。その場合には、「患者家族が、医療者を不快にさせたり、医療者に不利益を与えたり、医療者の尊厳を傷つけたり、医療者に脅威を与えたり、挙句の果てには医療者に対し暴言を弄したり、暴力を振るおうとしたり又は振るったりする」というのですから、それは明らかに、「いじめ、嫌がらせ」に該当します(もっとも、暴言・暴力に至れば、「いじめ、嫌がらせ」の域を超えた違法行為・犯罪行為になってしまいます)。すなわち、それがまさに「ハラスメント」ということになり、分類的には、いわゆる「ペイシェントハラスメント」という事案になります。いずれにしても、ここでは、患者家族の「医療者に対するハラスメント(いじめ、嫌がらせ)」という「言動」にこそ問題があるのであって、「その言動に対してどのように対処していくのか」が検討されなければならないのです。そして、そのような意味において、いわゆる「モンスターペイシェント」事案については、「モンスター」という言葉を使わずに(「怪物性」という性格に重きを置かずに)、単に「言動」に目を向けて「ペイシェントハラスメント」と呼ぶべきだと思います。また、その呼称を略する場合にも「ペイハラ」といい、当該患者家族のことは「ペイハラ患者」「ペイハラ家族」(合わせて「ペイハラ患者家族」といいます)と呼ぶべきだと考えています。相手方の患者家族を「モンスター(怪物)」と呼ぶよりも、「ペイハラ患者家族」と呼んだ方が、医療者側から患者家族側への対応もやり易くなるのではないでしょうか(もちろん、ペイハラ患者家族も多様であり、その類型によって対応が異ならざるを得ないことは、別の問題です)。