No.178/胃瘻造設手術の説明義務 ~東京地判令和3年3月18日~
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No.178/2025.9.1発行
弁護士 福﨑博孝
胃瘻造設手術の説明義務 ~東京地判令和3年3月18日~
1.事案の概要
Y病院において胃瘻造設手術を受けたX(当時71歳、女性)が、医師がXと家族に対して胃瘻造設手術についての説明を十分に行わないまま、同人らの意に反して同手術を行ったとして、Y病院に対し、診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案であり、裁判所は、医師は、Xについて胃瘻造設が必要である理由、胃瘻造設の手術の内容、これに付随する危険性、他に治療法として経鼻胃管栄養や静脈点滴栄養といった選択肢があること及びこれらの治療法の内容、効果、合併症等の利害得失についてXの子C(以下「子C」という)に十分に説明したうえで、胃瘻造設についての同意を得ていると評価できるといえ、説明義務違反はないとして請求を棄却した事例である。
2.裁判所の判断(胃瘻造設手術の説明義務)
(1)当事者
ア Xは、昭和22年生まれの女性(当時71歳)であり、平成26年にアルツハイマー型認知症の診断を受け、平成29年3月には身体障害者1級の認定を、同年8月には要介護5の認定を受けた者である。また、Xは、同年9月から指定介護老人福祉施設であるB(以下「施設B」という)に入所しており、令和元年7月19日に後見開始の審判を受け、子CがXの成年後見人に選任された。
イ Yは、A病院を開設、運営する医療法人社団である。
(2)事実経過の概要
ア Xは、平成30年12月10日頃から、夕食時に咽込むなどの嚥下不良がみられ食事量が低下するなどしたため、同月12日、Y病院を受診して同病院に入院した。この時、Xを診察したY病院の医師は、Xについて、発熱はないこと、血液検査上炎症所見の増悪や明らかな脱水所見もないこと、胸部レントゲン検査上も肺炎像はなく呼吸状態も著変がないこと、口腔内は乾燥しているが肺野はきれいであること、意識レベルはJCS(ジャパン・コーマ・スケール)で3~10であること、意思疎通は困難であるが開口の指示には従えるかどうかというレベルであること、四肢の関節の拘縮は著明であることを認めた。そのため、Y病院の医師は、Xの状態について経口摂取が困難であるとして、点滴挿入を指示し、Xの治療方針として、内服も困難であれば胃管挿入も検討すること、嚥下機能の評価による食形態の調整をすることや、胃瘻造設の必要性を検討することとした。また、入院後のXの食事(経口摂取)は誤嚥のリスクのため禁食とされた。
イ 子Cは、Xの入院翌日の同月13日、Y病院に来院し、同病院の医師からXの症状について説明を受けた。この時、被告病院の医師は、子Cに対し、Xの症状について、話しかけても指示の理解が困難なため嚥下のリハビリは難しいこと、上肢及び下肢に拘縮が著明で、首もすくみ肩になっており経口摂取が難しいことから、現状を踏まえると胃瘻を造設せざるを得ないこと、ただし、同月中には処置が可能な日時がないため、胃瘻造設は最短でも平成31年1月11日となること、それまでの間は中心静脈カテーテル管理か経鼻管理をしていくしかないこと、今後の方向として、胃瘻造設後に施設Bに戻ることを優先させ、それまでの間は経鼻胃管栄養でしのぐことを説明し、また、今後リハビリに乗るようであれば経口摂取を試みていくが、将来的には食べられなくなった時の対応を決めなければならないことを伝えた。さらに、Y病院の医師は今後の方針として、内視鏡検査で嚥下機能の評価を行い、誤嚥性肺炎予防や拘縮予防のためのST(言語聴覚療法)、PT(理学療法)、口腔ケアを実施することとし、その旨を子Cに伝えた。 以上の説明を経て、子Cは、胃瘻造設及び中心静脈カテーテル挿入の処置を受けることについて同意する旨の同意書(以下「本件同意書」という)に、原告の代諾者として署名した。これを受けて、Xに対し、胃管チューブを挿入しての経管栄養が開始された。
ウ その後、Xに対しては点滴の投与、経鼻胃管栄養の実施が継続されていたが、平成30年12月18日に発熱と喀痰の増加が認められて肺炎が疑われたため、一度、経鼻胃管栄養を中止し、翌19日に血液検査と胸部レントゲン検査が実施された。この時のXの症状については、胸部レントゲン上明らかな肺炎像はないが、気管支炎の可能性や、経管栄養、胃管チューブの刺激によって喀痰が増加した可能性が考えられるとして、同日の経鼻胃管栄養を中止し、脱水等の防止のため点滴を増量することとされた。
エ Xは、同月20日、嚥下内視鏡検査を受けた。この時のXの兵頭スコアは9点(3-3-2-1、経口摂取困難)であった。また、Xについては、安静時に持続的な唾液誤嚥があり、量も多いこと、右披裂軟骨頭部に腫脹があり、右声帯麻痺の疑いが強いこと、とろみをつけた水分については2分の1の量であれば検査上の誤嚥はないが、これ以上の量については嚥下後誤嚥のリスクがあり、ゼリーも同様であることが認められた。このように、Xについては痰が増加し、微熱が出現していたため肺炎リスクが高いと判断され、胃管チューブによる経管栄養を継続せず、これを抜去して中心静脈カテーテルでの栄養管理を実施することとされた。また、言語聴覚士の指導の下、とろみをつけた水分およびゼリーでの嚥下の訓練を開始する旨の指示がなされた。
オ Y病院は、同月21日、病棟カンファレンスを実施し、Xの症状について、前日に嚥下内視鏡検査を実施したこと、口腔内の唾液が多く唾液誤嚥のリスクが高いこと、訓練程度であれば可能であるが食事の摂取は困難であること、年明けに胃瘻造設を予定していることが確認された。 また、同日、Xの右鼡径部から中心静脈カテーテルが挿入された。
カ Y病院は、同月28日、病棟カンファレンスを実施し、Xの治療方針について、年内は現在の治療を継続し、年明けである平成31年1月11日に胃瘻造設を予定していることを確認した。
キ Xは、平成31年1月11日、胃瘻造設手術を受け、その後、術後の経過については特段の問題はないことが確認されていた。
ク 子Cは、同月13日、Y病院に来院した際、Xについて経鼻胃管チューブが抜去されていることや、嚥下機能評価の検査結果について説明がないこと、中心静脈カテーテル挿入及び胃瘻造設についても説明がないままに処置されていることなどについて苦情を述べた。
(3)裁判所の判断
(Ⅰ)入院時の説明義務について
X(子C)は、Y病院の医師の説明は、胃瘻造設をするか否かの選択を行うべき時期や、胃瘻造設以外の選択肢についての説明として不十分であり、また、胃瘻造設についても確定しているのか、今後、判断を行うのかが不明確な説明であって、入院時の治療方針等の説明としては不十分であると主張する。 ア 医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される(最判平成13年11月27日)。本件で問題となっている胃瘻造設については、胃瘻造設が必要である理由、胃瘻造設の手術の内容、これに付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その利害得失、予後などが説明義務の対象となる。そして、ここで問題とされている説明義務における説明は、患者が自らの身に行われようとする手術につき、その利害得失を理解した上で、当該手術を受けるか否かについて熟慮し、決断することを助けるために行われるものである。 以上を前提に、本件において説明義務が尽くされていたかどうかについて、以下検討する。
イ 前記認定事実によれば、Y病院の医師は、Xについて、経口摂取が困難であって胃瘻造設が必要であると判断し、入院翌日に、子Cに対しその旨を説明するとともに、平成30年12月中には胃瘻造設の処置可能な日時がないため、胃瘻造設までは中心静脈カテーテル管理か経鼻管理を行っていく旨説明して、胃瘻造設及び中心静脈カテーテル挿入についての同意書(本件同意書)を取得していることが認められる。そして、本件同意書には、胃瘻造設の目的及びその内容、胃瘻造設の合併症、胃瘻造設以外の手段として経鼻胃管栄養や静脈点滴栄養といった選択肢があること及びこれらの治療法の内容、効果、合併症等の利害得失が記載されている。 以上の事実からすれば、本件では、Y病院の医師は、Xについて胃瘻造設が必要である理由、胃瘻造設の手術の内容、これに付随する危険性、他に選択可能な治療法として経鼻胃管栄養や静脈点滴栄養といった選択肢があること及びこれらの治療法の内容、効果、合併症等の利害得失についてCに十分に説明したうえで、胃瘻造設についての(Xに代わる代諾者としての)同意を得ていると評価できるのであるから、本件では、原告の胃瘻造設について子Cの同意を得るに当たり、十分な説明が尽くされていたといえる。
ウ Xは、看護計画説明書に嚥下リハビリを行う旨の記載があるように、リハビリや嚥下機能評価検査を経た上で、胃瘻造設について選択する予定であり、胃瘻造設の実施について同意はしていない旨を主張し、Xの陳述書にも同趣旨の記載がある。しかし、前記認定事実によれば、Y病院の医師は、Xについて、入院日に種々の検査を行った上で経口摂取が困難であると診断し、子Cに対して、その旨を説明して、胃瘻造設及び中心静脈カテーテル挿入についての本件同意書を取得しているのであるから、本件では、子Cは入院翌日の時点でXの胃瘻造設に同意していたものと認めるのが相当である。 なお、Xは、本件同意書について、本件同意書は、緊急時、終末期の同意書であり、子Cはそれ以外の場合における胃瘻造設について同意していないと主張しているが、本件同意書には「入院・治療・検査を受けることに同意いたします」との文言がある以上、かかる同意書は胃瘻造設を受けることについて同意したものと解するのが相当であり、これを緊急時、終末期の同意に限るものと解する余地はない。本件では急変時及び終末期医療に関する承諾書が本件同意書とは別途に取得されていることもこれを裏付ける。
エ 以上によれば、Y病院の医師は、子Cに対し、胃瘻造設が必要である理由、胃瘻造設の手術の内容、これに付随する危険性、他に選択可能な治療法として経鼻胃管栄養や静脈点滴栄養といった選択肢があること及びこれらの治療法の内容、効果、合併症等の利害得失について説明した上で、胃瘻造設についての同意を取得していたといえるのであるから、X又はその家族である子Cが胃瘻造設手術を受けるか否かについて熟慮し、決断するために必要な説明は尽くされていたといえ、説明義務違反をいうXの前記主張は理由がない。
(Ⅱ)手術前後の説明義務について
ア Xは、Y病院の医師は、胃瘻造設の手術を行う前に、Cらに対して、嚥下機能評価した結果を伝えるとともに、手術の必要性、日時、術後必要な処置について具体的に説明した上で、胃瘻手術を選択するか否かについても判断を求めるべきであったと主張するので、以下検討する。
(ア)まず、Xが胃瘻の造設を受けることに関し、事前に十分な説明がなされた上で、有効な同意が得られていたことについては上記(Ⅰ)において既に説示したとおりである。 そこで、嚥下機能評価した結果が判明した時点で、改めてX又はその家族である子Cに対し、胃瘻造設手術の内容等について再度説明し、同意を取り直す必要があったのかについて検討する。
(イ)前記前提事実によれば、Y病院の医師は、入院の翌日時点で、Xについて経口摂取が困難である旨の診断をしていたこと、入院中に行われた嚥下内視鏡検査の結果、Xの兵頭スコアは9点(経口摂取困難)であったことが認められる。そのため、Xの嚥下機能の評価は、入院当初の評価と変わらず経口摂取は困難という評価であったといえる。 仮に、嚥下内視鏡検査の結果、Xの嚥下機能の評価について、当初のY病院医師の判断とは異なり、経口摂取が可能であるとの評価がなされた場合には、かかる検査結果を説明した上で、X又はその家族である子Cらに対し、改めて胃瘻造設の実施について意向を確認する必要が生じると考える余地はある。しかし、本件では、嚥下内視鏡検査の結果、Xは経口摂取が困難であるとの評価がなされたのであるから、嚥下内視鏡検査の結果を改めて原告又はその家族である子Cらに対して再度説明し、胃瘻造設の実施についての同意を取り直す必要があったと認めることはできない。 したがって、この点について説明義務違反をいうXの主張は理由がない。
イ また、Xは、患者又はその家族の事前の同意なく緊急に手術を行ったにもかかわらず、Y病院の医師は、胃瘻造設手術後も、X又はその家族である子Cらに対して、手術の内容、術後の経過、今後注意すべき点等について、速やかに説明を行わなかったとも主張する。しかし、Xが胃瘻の造設を受けることに関し、事前に十分な説明がなされた上で、有効な同意が得られていたことについては前述のとおりであるから、Xの主張は前提となる事実を欠き、理由がない。
3.まとめ(解説)
胃瘻栄養法は人口水分・栄養補給法(以下「AHN」)の一つですが、経口による自然な摂取以外の仕方で水分・栄養を補給する方法ということになります。「高齢者ケアの現場において、関係者たちを悩ませる典型的な問題の一つに、何らかの理由で飲食できなくなった時に人工的水分・栄養補給法を導入するかどうかというものがある」といわれています(高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン(人工的水分・栄養補給の導入を中心として)《社団法人日本老年医学会》平成24年(3頁 以下「本ガイドライン」))。 そして、本ガイドラインでは、「医療・介護・福祉従事者は、患者本人およびその家族や代理人とのコミュニケーションを通じて、皆が納得できる合意形成とそれに基づく選択・決定を目指す」(同5頁)とされ、さらには、「患者本人の意思確認ができない時」には、「家族と共に、患者本人の意思と最善について検討し、家族の事情も考え併せながら、合意を目指す」(同6頁)とされています。また、「医療・ケアチームは、患者本人・家族にとって最善と思うところが明確であれば、それを勧めることが適切である。が、同時に、患者本人・家族は独立した存在あるのだから、それを押し付けてはならない。合意を目指して、ぎりぎりまでコミュニケーションを続ける努力をする」(同7頁)とされているのです。しかも、家族等との関係で言えば、「AHN導入をめぐる意思決定プロセスにおいて、家族の気持ち・都合や、居宅介護の条件、入居先の介護施設の方針といった環境の故に、選択が左右されることがしばしばある。現在の環境の許容範囲内でできるかぎり患者本人の最善を目指し、また家族の負担を許容できる程度に抑える道を探す努力をする」(同12頁)とされています。 その一方で、人生の最終段階における医療・ケア行為の開始・不開始、医療・ケアの内容の変更、医療・ケア行為の中止等に関する「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(厚労省)平成30年(以下「人生最終段階ガイドライン」)では、「時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更、医学的評価の変更等に応じて患者本人の意思が変化しうるものであることから、医療・ケアチームにより、適切な情報の提供と説明がなされ、患者本人が自らの意思をその都度示し、伝えることができるような支援が行われることが必要である。この際、患者本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、家族等も含めた話合いが繰り返し行われることも必要である」(2頁 いわゆる「ACP」)とされているのです。 以上のことからすれば、本件事案についてみれば、Xの入院2日目に子Cが相当詳細にインフォームド・コンセントを受けていることは確かのようですが、その後の主治医の子Cに対する経過説明がほとんど見られないという点が気がかりです。本ガイドラインは平成24年に製作されたものであり、ACP(【注】)の姿勢が明らかになった人生最終段階ガイドライン(平成30年)よりも6年も前のものであるものの、上記の本ガイドラインの記載内容からすれば、入院2日目の詳細な説明があったとしても、継続的に家族等の意思を確認しながら、胃瘻行為の中止を判断すべきだったのではないか、という考え方は当然に存在するものと思われる。 本件裁判例における裁判所の考えは、インフォームド・コンセントを一時点主義的な捉え方に偏しているものと思われ、もう少しそれを経過的・過程的な見方をすることによって家族等の納得をえられたのではないかと思われます。いずれにしても、昨今の終末期医療のガイドライン等においては、旧来のインフォーム・ドコンセントを凌駕する密な関係性の構築と意思確認が求められ(SDМ)、さらには、その医療者・ケア担当者と患者本人・家族との間の時間的経過の中での意思の変化を前提とした継続的なインフォームドコンセント(ACP)が求められているのです。そのことからすれば、これから先の裁判所は、本件について安易な判決は下さない可能性があるのではないでしょうか。 【注】ACP(アドバンス・ケア・プラニング)とは、将来の変化に備え、将来の医療やケアについて、患者を主体に、その家族や近しい人、医療・ケアチームが繰り返し話合いを行い、患者の意思決定を支援するプロセスのことである。患者の人生観・価値観・希望に沿った将来の医療・ケアを目標とするものである。
