No.163/裁判例にみる‟医療者のインフォームド・コンセント” その3 3.医療訴訟で問題となる医師の説明義務

No.163/2024.9.17発行
弁護士 福﨑博孝

裁判例にみる‟医療者のインフォームド・コンセント” その3
3.医療訴訟で問題となる医師の説明義務

3.医療訴訟で問題となる医師の説明義務

(1)はじめに

臨床医療の場における医師の患者家族への説明は、「インフォームド・コンセント」(以下「IC」)という言葉が使われますが、医療訴訟の場では「説明義務」という言葉で語られることになります。ICについて言えば、例えば、その意味を‟医師による適切かつ十分で分かり易く丁寧な説明と、それによる患者家族の理解と納得と選択を経た上での同意”などと解説されることがあり、そこでは、‟医師による説明”だけではなく、‟患者家族の同意”をも含んだ概念ということになります。しかし、医療訴訟でいう説明義務は、まさに‟医師に課せられた法的責任が生ずることのある説明義務”を意味します。確かに、現実の臨床医療の場において、医師のICは、‟医師と患者家族との間の信頼関係”をつなぐ重要な役割を果たしており(医療法1条の2)、「医師の説明不足があると、医師と患者との信頼関係も不十分なものとなり、生じた結果が好ましいものでない場合には、法的紛争に発展することにもなる。このように医療訴訟が提起される発端の一つに医師の説明不足があることは、従来から指摘されていたところである。」(「(判例にみる)医師の説明義務」編著藤山雅行・新日本法規2頁)という指摘もあります。しかし、医療訴訟の場においては、あくまでも医療側の責任追及の手段として利用されることになります。

(2)医師の説明義務の種類

医師の説明義務の種類としては、それを大別すると、①患者の有効な承諾(同意)を得るための説明義務、②療養方法等の指示・指導としての説明義務に分類できるとされています。このうち①(同意を得るための説明義務)が通常臨床医療で問題となるICということになります。そして、②(診療方法等の指示・指導としての説明義務)は医療行為の一つとしての説明義務ということになりますから(医師法23条)、これを怠る事案は通常の医療事故紛争と何ら異なるところはない、ということになります。 例えば、②の説明義務違反が問題となった裁判例としては、高松高判平成8・2・27があります。本判決では、「医師には投薬に際して、その目的と効果及び副作用のもたらす危険性について説明すべき義務があるところ、患者の退院に際しては、医師の観察が及ばないところで服用することになるのであるから、その副作用の結果が重大であれば、発症の可能性が極めて少ない場合であっても、もし副作用が生じたときには早期に治療することによって重大な結果を未然に防ぐことができるように、服用上の留意点を具体的に指導すべき義務がある。すなわち、投薬による副作用の重大な結果を回避するために、服薬中どのような場合に医師の診察を受けるべきか患者自身で判断できるように、具体的に情報を提供し、説明指導すべきである。」と判示しています。

(3)説明義務の時代的変容(自己決定権とIC概念の浸透)

ところで、説明義務に違反し又は同意なく医療行為が行われたとして医師の責任が問われた裁判例は、昭和30年代ころから現在までかなりの件数にのぼりますが、その当初(‟昭和”の頃)においては、医的侵襲行為である医療行為に対する違法性阻却事由としての「説明」ないし「同意」の有無が争われていました。そして、患者の自己決定権を患者の承諾の前提としてとらえ、「自己決定権」そのものを意識的に争うようになったのは概ね‟平成”になってからのことであるといわれています。例えば、大阪高判平成17・9・13は、「仮に、Xらが、32週未満の胎児の肺機能の未熟さに由
来するRDS(新生児呼吸窮迫症候群)の可能性や、PVL(脳質周囲白質軟化症)による脳性麻痺の可能性等についての説明を受け、また、Y医師が実行していたというステロイド療法その他の胎内保存的な療法の可能性についても説明を受けたとしたら、母体へのリスクと胎児へのリスクを衡量して、夫婦で十分に相談して納得の上でなければ、安易に帝王切開術に同意することはなかったであろうことが、容易に推察できる。その意味において、Xらは医療における真の自己決定の機会を重大な点において奪われたものであるということができる。」と判示し、患者の自己決定権を‟患者の承諾”の前提としてとらえています。 そして、この自己決定権を前提とした説明義務は、違法性阻却事由としての患者の同意を得る前提としての説明義務と比べ、明らかに広い概念であるといえます。このような説明義務の変容は、‟自己決定権を論理的背景にもつインフォームド・コンセント原則”の社会的深化がその要因となっています。

(4)説明義務の法的根拠(医師の善管注意義務から患者の自己決定権へ)

この説明義務の法的根拠に関しては、医師と患者との間の診療契約は「準委任契約」とされ、準委任契約では受任者(医療側)が委任の本旨に基づき善管義務ないし報告義務を負っていますから(民法644条・645条)、その義務の一つとして説明義務が発生します(東京高判昭和61・8・28等)。一方、診療契約が成立していない場合でも、医師は、その業務の性質に照らし危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるところから(最判昭和36・2・16等)その注意義務の一つとして説明義務を負うものと解されています。 しかし、近時、そのほかにも、医療の現場における‟インフォームド・コンセントの理念”又は‟患者の自己決定権”が医師の患者等に対する説明義務の法的根拠とされるようになっており、むしろ、‟説明義務は自己決定権と表裏の関係にある”とする考え方が主流になりつつあります。その初期の裁判例として名古屋地判昭和56・3・6があり、ここでは「医療は生体に対する医的侵襲であるから、これが適法となるには、患者の生命又は健康に対する害悪発生の緊急の虞れの存するとき等特別の場合を除いて、患者の承諾が必要というべきで、(それは)患者の自己決定権に由来する。」と判示し、その後平成になってからも多くの裁判例が同様のことを繰り返し判示しています(名古屋地判平成元・5・29、東京地判平成4・8・31、仙台高判平成6・12・15、東京地判平成8・6・21)。例えば、東京高判平成13・7・18は「患者の身体への重大な侵襲を伴う手術は、患者の生命や健康、精神に重大な影響を及ぼすものであるから、それを行うについては患者の同意が必要である。この同意は、自己の人生のあり方は自らが決定することができるという自己決定権に由来するものであり、医師が患者の同意を得るについては、患者による自己決定権の行使がその責任において適切に行われるよう、患者に対し、当該患者の病状、治療方法、治療に伴う危険等について適切に情報を開示して説明を行うべき義務があるものと解される。」と判示しています。また、東京地判平成14・11・25も「患者は、自己の疾患について複数の治療法が選択できる場合、必要にして十分な説明を受けた上で、自らの権利と責任において治療法を選択することができる利益を有するというべきであり、かかる利益は、当該患者にとって自らの人生を真摯に決定することにつながるものであり、法的保護に値する。」と判示しています。そして、その自己決定権が侵害されると精神的損害が発生し、医療側は慰謝料の賠償義務を負うとされるに至っているのです(大阪地判平成19・9・19)。 ところで、患者の自己決定権を背景に医師の説明義務の範囲を拡大する考え方に対しては、「医師が詳細な説明をせざるを得ないばかりに、説明された施術等の危険性を恐れた患者が必要な施術等を回避し、不幸な結果を招くこととなる」という批判がなされていたこともありますが、「説明内容に関する医師の裁量権は、患者の自己決定権に優先するものではない」という考え方が一般的になっています。あくまでも患者の自己決定権を侵害しない範囲で医師に裁量権が認められているにすぎないのであり、正確な情報提供を受けて、当該患者がその施術等を回避したとしても、それ自体が自己責任に基づく判断であり、また当該患者のQOL(人生の質)の問題と考えるしかありません。