No.154/特別養護老人ホームの利用者が、食事中に誤嚥による窒息で死亡したことにつき、施設側の安全配慮義務違反が肯定された事例(名古屋地裁令和5年2月28日判決)

No.154/2024.5.2発行
弁護士 永岡 亜也子

特別養護老人ホームの利用者が、食事中に誤嚥による窒息で死亡したことにつき、
施設側の安全配慮義務違反が肯定された事例(名古屋地裁令和5年2月28日判決)

1 事案の概要

A(昭和13年生まれ)は、平成20年頃にアルツハイマー型認知症の診断を受け、その後しばらくは、自宅で、長男X1の家族の援助を日常的に受けながら暮らしていましたが、認知症の進行により、平成30年3月に要介護3の認定を受け、また、このころになると、徘徊が多く、家の物を壊すなどするようになったため、X1は同年10月、 Yが運営する特別養護老人ホーム(以下、「本件施設」といいます。)に、Aの入所を申し込みました。 平成31年2月1日、AはYとの間で、本件施設にAが入所し、YがAに対して介護保険法所定の地域密着型サービスを提供する旨の契約を締結しました。 令和元年5月、Aは要介護5の認定を受けました。 Aは、本件施設に入所していた間、適切に食事をすることができず、食事中に嘔吐することもありました。そこで、同年7月8日、X1は、本件施設に配置されたZ医師に電話をかけて、最近食事中の嘔吐が気になる旨を相談しました。これを受けて、Z医師はYに対し、Aの食事形態を「米食+常菜」から「全粥+刻み食」に変更するよう指示し、Yはこの指示に従いました。 ところが、同年8月10日以降、YはX1の意向を受けて、Aの食事形態のうち主食を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更しました。しかし、その後も、Aが適切に食事をすることができず、また、食事中に嘔吐することは続きました。そのため、YがAについて作成した平成31年4月1日付及び令和元年10月1日付施設サービス計画書には、平成31年4月から令和2年3月までの援助内容として、「嘔吐しやすいので食後観察を怠らない。」ことなどが記載されていました。また、YがAについて作成した「栄養スクリーニング・アセスメント・モニタリング(施設)」には、令和元年12月10日時点の食生活状況等について、食事の留意事項として、かき込み食べがあるため小分けにして対応すること、食事時の摂取・嚥下状況として、時々むせること(入れすぎによるものか。)があり、嘔吐することが記載されているほか、原因不明の嘔吐(むせ込みからの嘔吐)があること、問題点として、食べたら嘔吐してしまうことなどが記載されていました。 令和元年12月12日午後5時頃、Aは本件施設の食堂で食事を開始しました。Yの職員①は、午後5時11分頃、Aの顔をのぞき込んで異常がないことを確認した上で、Aの食事を小皿に取り分けて提供し、その場を離れました。その直後、Aはやや前屈みになり食事を始めました。Yの職員②は、Aの座っていた席と対角線上の最も遠い席の利用者に対して食事介助をしていましたが、職員①がAのそばを離れてから約7秒後、Aの食事が進まず手が止まっているように見えたことから、声がけをするために小走りでAに近づきました。Aが食べ物を口に含んでいるように見えたことから、職員②はAに対し、食べ物を口から出すように声がけを繰り返し、Aの背中を叩きました。Aは、声がけに反応して少しずつ食べ物を口から出しましたが、職員②は、食べ物が喉に詰まっていると判断し、グローブをはめてAの口の中に手を入れて食べかすを少量取り出しました。 午後5時13分頃、Aの心肺が停止したため、Aはすぐに病院に救急搬送されましたが、午後7時10分に死亡が確認されました。死体検案書によれば、Aの死因は誤嚥による窒息である、とのことでした。

2 裁判所の判断(名古屋地裁令和5年2月28日判決)

(1) Yの注意義務違反の有無について

Yは、地域密着型介護老人福祉施設を運営する者として、入所契約を締結した要介護者に対し、当該契約に基づき、上記日常生活上の世話等を行う過程において、その生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負う。 令和元年12月当時、A(当時81歳)は、その認知能力が著しく低下しており、食べ物で遊んで食事をしないことがある一方、隣の利用者の食事まで食べることもあり、介護を拒否することもしばしばあった。また、Aは、かき込んで食べることがあり、度々嘔吐をしていたもので、Y自身、Aの食事に関する問題点として、かき込み食べがあり、むせ込みからの嘔吐があることを認識していた。そして、Yは、平成30年7月に医師の指示を受けてAの食事形態を「米食+常菜」から「全粥+刻み食」に変更したにもかかわらず、X1の意向を受けて、主食の食事形態を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更した。 そうすると、Yの職員において、Aが食事をかき込み食べることにより嘔吐し、その吐物を誤嚥し窒息する危険性があることを予見することができたものであるから、Yは、Aに対し、本件入所契約に基づく安全配慮義務の具体的内容として、Aが食事する際には、職員をしてこれを常時見守らせるべき注意義務を負っていた。 しかるに、Yは、上記注意義務を怠り、本件事故の際、Aの食事を常時見守っていた職員はいなかった。この注意義務違反行為は、債務不履行を構成するとともに、Aの生命・身体を侵害する不法行為を構成する。

(2) Yの注意義務違反とAの死亡との間の因果関係について

Aの死体検案書には、Aの死因は誤嚥による窒息であるとの記載があるところ、Aが食事中に食べ物を口に入れたまま心肺停止に至った経過、Aの死後気管内が貯留物で充満していたこと等も踏まえると、Aの死因は、誤嚥による窒息であると認められる。 Yが、上記注意義務を履行して、Aが食事する際、職員をしてこれを常時見守らせていれば、Aが食事をかき込もうとしたときにこれを制止したり、あるいは食物を喉に詰まらせそうになったときに速やかに食物を取り除いたりするなどといった対応をとって、Aの死亡を回避することができた高度の蓋然性が認められる。 したがって、Yの注意義務違反とAの死亡との間には因果関係が認められる。

(3) 過失相殺について

X1は、令和元年8月10日の少し前に本件施設を訪れた際、Aにべちゃべちゃな感じのご飯を食べさせているとして、Yに対し、普通の食事に戻してほしいと要望し、これを受けて、Yは、同日以降、Aの食事形態のうち主食を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更した。X1は同年7月の食事形態の変更について説明を受けていたことに加え、職員②が本件事故の日に作成した事故発生報告書には「家族にもミキサー食をお願いしていたが反対されていた。もっと強くすすめていれば良かった。」と記載されていることをも考慮すると、X1は、上記の要望をした際、Yから、誤嚥のリスクという観点から、食事形態の再度変更についての懸念を示されたものと推認することができる。 YがAの食事形態を「全粥+刻み食」にしていたという経緯、Aが誤嚥による窒息で死亡したという事実に照らして、上記の食事形態の変更がAの死亡という結果の発生に相当程度寄与していたものというべきであるから、Yの過失が重大なものであることなどを最大限考慮しても、被害者側の過失として5割の過失相殺をするのが相当である。

3 まとめ

本事案は、特別養護老人ホームで発生した食事中の誤嚥事故について、施設側の責任の有無が争われたものですが、裁判所は、施設側の責任を認めた一方で、利用者家族の過失もまた認めて、結論として、5割の過失相殺を認定しました。
なお、施設側は、その責任の有無に関して、「本件事故当時、Aは嚥下機能の低下はなく、嚥下までの全過程について逐一の見守りを要するほど誤嚥発生の危険性が高いという状況ではなかった」旨主張していましたが、裁判所は、「嚥下機能の低下がないとしても、Aが食事をかき込み食べることにより嘔吐し、その吐物を誤嚥する危険性はあった」と認定したうえで、「Yとしては、上記の危険性を踏まえて、本件入所契約に基づく安全配慮義務の具体的内容として、Aが食事する際には、職員をしてこれを常時見守らせるべき注意義務を負っていた」と結論付けました。 また、施設側は、「本件事故当時、職員①がAの状態を確認して食事を提供し、一旦Aのそばを離れた後、10秒と経たないうちに職員②がAに付き添う形をとっており、間断なく必要な見守りや食事介助が行われていたものである」旨の主張もしていましたが、裁判所は、「Yは、Aが食事をする際には、職員をしてこれを常時見守らせるべき注意義務を負っていたものであるところ、ほかの職員がほかの利用者の食事介助をしながら、その合間にAの様子をうかがうということでは上記注意義務を履行したものとはいえない。」と判示して、施設側の主張を退けました。 Aが適切に食事をすることができず、また、食事中に嘔吐することが続いていたという具体的状況の下では、施設側に求められる安全配慮義務の具体的内容が高度なものになることは避けられません。また、仮に、利用者家族からの要望に応じたことで、本件事故発生のリスクが高まったという事情があったとしても、そのことにより、施設側の責任が否定されることにはなりません。高齢者を受け入れる施設では、そのことを十分に認識したうえで、利用者一人一人の状態を踏まえた、必要適切な見守り体制を構築することが必要となります。