No.12/医療紛争を回避するために医療者は何をすべきか!?(その2)

No.12/2020.10.15 発行
弁護士 福﨑 博孝

2.医療事故紛争を防ぐインフォームド・コンセント

 医療事故紛争(特に「医療訴訟」)が惹起され、それが深刻化するその原因の1つに、医療事故直後の医療者による「患者家族に対する軽率で拙劣な言動」があります。しかし、医療事故紛争の全体的な背景を考えると、その要因は「1つの局面」だけに限られたものではありません。もっと根源的なところに、いわば全治療過程に、医療紛争を惹起させ、あるいは、それを深刻化させる要因があるはずです。すなわち、それが「医療者と患者家族との間のインフォームド・コンセント(以下「IC」)の欠如や希薄化の問題」なのです。逆にいえば、医療者がICを十分に実践しておけば、そのことによって医療紛争が予防され、その深刻化が避けられる可能性がある(ICの紛争予防的機能)ということなのです。

(1)医療者と患者家族の信頼関係を構築するIC

 厚生労働省(旧厚生省の平成7年「ICの在り方検討会報告書」)と日本医師会(平成2年「生命倫理懇談会報告書」)は、より良い医療を推進していくためには、医療者と患者家族との間で「医療行為の共働のための信頼関係の構築」が必要不可欠であり、その場合に、重要な役割を担うのが「医療におけるIC」であるとしています。すなわち、「より良い医療を行うためのIC」の実践が「医療者と患者家族などの人間関係」をより良い方向に導いてくれるというのです。しかし逆にいえば、それがうまくいかない場合には、医療者と患者家族との信頼関係は希薄になり(また、欠如することにもなり)、共働作業としての医療行為につながらないばかりか、医療紛争の根を残してしまうことにもなるのです。

(2)良質なICのもつ紛争予防的機能(医療者と患者家族の認識のズレを埋める)

 以上のとおり、ICには、“医療の質を確保・向上させるための「患者家族と医療者との信頼関係」を堅固にする効果と目的”があります。そしてその上で、「医師の説明」(良質なIC)のもつ「紛争予防的機能」が重視されなければならないのです。医療の過程において“悪しき結果”が生じたときに、患者家族が医療者に対し疑心暗鬼になり、医療事故を医療過誤(医師に過失がある)と疑い出すのは、それが「患者家族の予測・予期に反する出来事だったから」なのです。したがって、これら「医療者と患者家族との認識(予測・予期)のズレ」を、“事前の十分な説明(IC)”と“事後の丁寧で納得可能な説明”により埋めることができれば、当該医療事故が医療紛争にまで発展したり、訴訟にまで至ることは当然に少なくなるはずです。比較的多くの医療紛争(医療訴訟)は、ICの医療現場での実践とその充実によって解消されるものとも考えられます。

(3)患者家族に誤解を与えないための“事前”のIC、その重要性

 医療者が、医療事故発生後に、患者家族に誠意をもって医療行為の経過や事故原因などの説明をしたつもりでも、患者家族側からすれば、“医療者側の弁解”としか聞こえない場合があります。そしてそのことが、長きにわたる“医療紛争の弾き金”となることも多いのです。例えば、その最たるものが「“合併症”についての医療者側の説明」といえます。“合併症”とか“偶発症”という言葉は、患者家族に誤解を与えることが多く、その後の紛争や訴訟につながりかねない重大な問題を惹き起こす可能性があります。医療で使われる「合併症」という用語については、一般的に、“医療者の認識”と“患者家族の認識”がほとんど一致しておらず、誤解の温床にもなっています(医療者は「合併症=不可抗力=無責」と考えることが多いようですが、一般の患者家族にはそのような認識はありません。)。このような合併症の発症可能性がある場合には、事前に十分なICを施し、合併症の発症について患者家族の理解と納得を得ていたか否かで、その後の医療者と患者家族との関係はその様相を一変させることになるのです。
 そもそも、患者家族が医師等の医療ミスを疑うようになるのは、「手術や検査の直後に悪い結果が発生し、死亡したり、障害を負ったりした時点から」ということになりますが、その場合に医療者側から、「合併症による事故(死亡や傷害の発生)です」等と、あたかも医療側には責任がないかのような説明が突然なされても、“事前に合併症発症の可能性を説明されていなかった患者家族”が、それをそのまま鵜呑みにできるはずもなく、信じられるはずもありません。「なぜ、そのようなこと(合併症)があることを事前に説明してくれなかったのか…」、「何か真実を隠しているのではないか…」等と、患者家族は、事故発生直後に合併症の説明を受けても、その説明を受ければ受けるほど、医療者に対し疑心暗鬼が強くなり、疑う気持ちが増幅していくのです。どんなに注意深く手術や検査を行ったとしても、一定の割合で起こることを防ぎ得ない合併症であるのに、(事故後に)医療者が説明すればするほど患者家族が疑心暗鬼となって紛争が惹起され、その後の長い期間にわたる訴訟につながっていくのですから、非常に厄介なのです。これを避けるには、「手術や検査“前”の十分なIC」で患者家族の理解と納得を求めるしかその方法がありません。適切で十分なICを事前に実施し、「手術や検査の後に『合併症』が起こる危険性があること」、「その発生の確率」等を、患者家族が十分に理解し、それを納得して当該施術に同意したのであれば、悲運にも重症の合併症が惹起されて最悪の結果が発症したとしても、患者家族は、それなりにその事態を受け止めてくれるはずです。

(4)説明不足とならないための看護師の重要な役割(看護師に求められるIC)

 日本看護協会の「看護者の倫理綱領」では、看護師に対し、“患者やその家族との間の信頼関係の構築”を義務付けており、さらには、その患者家族との信頼関係の構築のためのICの実践も求めています。そして、医師によるICの具体的な内容と、看護師にとってのICの捉え方・考え方では、明らかに違った側面がみられます。この点について、厚生労働省の「新たな看護のあり方に関する検討会」の報告書(平成15年3月24日付)では、「看護師等は、患者家族と十分にコミュニケーションを行い、看護ケアの内容、検査等についてわかりやすく丁寧に説明するとともに、患者家族が自らの意向を伝えることができるよう支援したり、時には代わって(患者家族の意思を医師に)伝える役割を担うなど、患者家族が医療を理解し、より良い選択ができるよう支援することが必要である。」と述べられています。すなわち、看護師の患者家族に対するICは、けっして“医療者側だけに立ったもの”ではなく、医療者の説明による「患者家族側の理解・納得・選択・同意」という“ICの患者側の主観的過程”において、それをサポート(支援)し、時には、“医師に対峙する形での患者家族側に立つこと”さえをも求められるといえます。そして、それが最終的には「医師によるICを支え補完することとなり、医療紛争を回避することにもつながる」ということなのです。いずれにしても、看護師が実践するICは、医師のICの足らざるを補完するものであって、看護師の積極的な関わり方が求められます。