No.173/親権者の一方の同意を得ない医療行為と共同親権 〜大津地方裁判所令和4年11月16日判決〜

No.173/2025.4.1発行
弁護士 福﨑 龍馬

親権者の一方の同意を得ない医療行為と共同親権
〜大津地方裁判所令和4年11月16日判決〜

(はじめに)

婚姻中の夫婦の子である未成年者に手術等の医療行為が必要となった場合、親権は父母が共同で行使するとなっていますので、医療機関は、原則として、父母双方の同意を得る必要があります。一方で、緊急な医療行為が必要であり、父母双方の同意を得る時間的余裕がない場合や、父母の関係が悪く治療方針も乖離しているような場合にまで、父母双方の同意を厳格に得る必要があるのか等、臨床の現場では、判断が難しい場面が多々、発生すると思います。 また、令和6年5月に、離婚後の共同親権を導入する民法改正がなされ、この民法改正が施行された後は、未成年者の父母が離婚していたとしても、原則として父母双方の同意を得る必要があります。なおさら、医療の現場では、難しい判断を迫られることが多くなりそうです。本件裁判例の事案で、裁判所は、結論として、病院が父親への説明や同意を得なかったのは違法だとして病院側に5万円の支払いを命じました。同事案を参考に、医療同意における共同親権を検討してみたいと思います。

1 大津地方裁判所令和4年11月16日判決

(1)事案の概要

国立大学法人であるYは、附属病院(以下「本件病院」という。)を運営しており、Xは、本件病院で診療を受けているA(当時3歳)の父です。Xは、Aの母であるBとは、Aの出生後間もなく別居し、その後、令和3年9月10日、XとBとの間で離婚が成立しています。Aは、平成29年10月17日、本件病院において、肺動脈弁狭窄症との診断を受け、現在は無症状であるものの、心臓超音波検査によれば、中等度程度の肺動脈弁狭窄が認められ右室圧の上昇が推測されるため、治療介入が必要な状態と判断され、以後、本件病院において、通院治療を受けていました。平成31年3月14日付診断書によると、Aは、心臓超音波検波検査にて、中等度から重度の肺動脈弁狭窄があると推定され、なるべく早期の治療介入が望ましい状態と判断される、とされています。Aは、令和元年7月16日、カテーテル検査、PTPV(経皮的バルーン肺動脈弁形成術)施行目的で入院し、同日、本件病院は、Bに対し、カテーテル検査の説明をした上、治療適応があると判断すればカテーテルからバルーンを入れて拡張すること、カテーテルの合併症として、①バルーン治療でバルーンが体内で破裂し、破裂した残りが体内に残存し外科的に取り除かないといけなくなること、②弁をバルーンで無理やり拡張するので、肺動脈弁狭窄症とは逆に、肺動脈弁逆流になること、遠い将来に右心室の負荷が起きること、③三尖弁逆流、肺動脈弁下狭窄、カテーテルで心臓を突き破るというようなことが起こる可能性があること等、バルーン治療による合併症等のリスクを説明し、そのうえで、Aにバルーン形成術を行うことの同意を得ました。もっとも、父親であるXの同意は得ていませんでした。そして、同月18日に全身麻酔によりカテーテル検査が実施され、Aは翌日退院となりました。 これらの医療行為について、Xは、本件病院を運営するYに対し、父であるXの同意を経ることなく3歳児のAに対し、バルーン形成術を行ったことが違法行為に該当するとして、慰謝料の支払いを求めて、大津地方裁判所に提訴しました(なお、その他、診療記録の不開示に関する慰謝料請求等もなされている。)。

(2)判旨(Xの同意を得ずにバルーン形成術を行ったことが不法行為に該当するか)

ア 原則、両親権者の同意が必要

「親権は、原則として共同して行使することを要するのが原則であるから、そうであるとすれば、本件バルーン形成術に関する説明及び同意に関しても、一方親権者が不存在である、親権をはく奪されている等特段の事情がない限り、両親権者が共同で同意する(ただし、同意内容が合致する限り、各別に同意を得ることを妨げない。)のが原則というべきであるから、その前提となる説明も、双方に対して行われるのが原則であるというほかはない。 他方、上記の親権の行使は、未成年者が自ら同意する能力を欠くため、これに代わって行うもの(代諾)であり、未成年者の福祉に適する代諾を行うべき義務の側面も併せて包含しているといえることに照らせば、一方親権者に対する説明を行わないことが正当化される特段の事情としては、①親権者の意向に対立があって、説明を行ったとしても同意されないことが明白な状況にあること(著者注:以下「例外①」)、②未成年者の病状等に照らし治療施行の緊急性があり、説明・同意の手続を踏んだ場合には治療の機会を逸し、未成年者の福祉を害することが明らかな場合等がこれに該当するというべきである(著者注:以下「例外②」)。」

イ 本件について

「本件についてみるに、前記認定事実によれば、本件バルーン形成術施行に関する親権者の意向に対立が存在することは推認しうるところではあるものの、他方で、Xが、Yに対して、同術の施行に同意しないことを明言したこともないことからすればこれに当たらないし(著者注:例外①に該当しない)、前記のとおり、バルーン形成術に関しては、本年度中の施行を目標とする旨の記載もあることに照らすと、説明・同意の手続を踏んだ場合に治療の機会を逸することが明らかな場合に当たるともいうことはできない(著者注:例外②に該当しない)。」

ウ 身体に対する侵襲を伴わない通常の診療治療における他方配偶者の推定的同意

「この点Yは、附属病院における治療契約はBのみの同意権に基づき行われていることを主張する。しかし、通常の診察治療およびこれに係る治療契約の締結は、未成年者の福祉の観点から不可欠なものである上、特段の身体に対する侵襲等を伴わない限り、他方配偶者の推定的同意も通常推認しうるものである反面、本件の問題は、バルーン形成術という一定の侵襲を伴う治療の施行に関する点にあるから、同主張は理由がない。」

エ Xの面会交流を否定する審判の存在

「また、Yは、別件審判の存在を指摘し、これによれば、Aに関する同意権はBに委ねられたものと評価できる旨主張する。確かに、前記のとおり、別件審判の主文はXのAに対する直接の面会交流を否定する内容のものであり、判断の内容として、治療方針に関しても、自己の思い通りにしたいというこだわりの強さから、病院やAとの間で紛争を生じていることが指摘されているものではあるが、これらは、あくまで直接の面会交流の実現が困難であることを理由づけるものであって、親権の行使としての同意権そのものをXからはく奪してBに委ねたものとまではいえないこと(なお、親権の一時停止など上記のための手続は別途存在する。)、加えて、一旦説明・同意の手続を行った場合において、実際に紛争が顕在化すれば、仮に同意が得られなかった場合であっても、前記の場合に該当すること(また、緊急性が高く、医学的正当性が認められる治療行為に関しては緊急事務管理としても正当化されうる。)に照らせば、理由がない。 以上によれば、本件バルーン形成術施行に当たり、Xに対する説明・同意を得ることを行わなかったYの行為は不法行為に該当する。」

オ 損害額について

「進んで、損害についてみると、Xにおいて、代諾を行う前提となる説明を受ける機会が欠けていた(したがって、同意の適否を判断する前提を欠く)点が存在する反面、上記同意権は、前記のとおり、未成年者の福祉に適うよう行使する義務を同時に内包するものであるところ、本件バルーン形成術以外の施術につき、より医学的正当性の高い治療手段があったと認めるに足りる証拠はないこと、本件バルーン形成術施行によりAに何らかの損害が生じたことを示す証拠もないことなどに照らせば、上記による精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、5万円を下らないと認めるのが相当である。」

(3)コメント

本件においては、未成年者の父であるXについて、面会交流(子と同居していない父母の一方が、子と定期的・継続的に面会し、交流すること)を否定する審判が出されていたようであり、子の治療方針を巡っては、かなり紛争が顕在化していた事案のようですが、それでも、父の同意を経ない医療行為は違法と結論づけており、親権の共同行使をかなり厳格に解釈した裁判例のように思われます。 本裁判例は、親権者の一方の同意を得ないことが適法となり得る場合として、二つの例外(上記例外①、②)を挙げています。臨床の現場においては、この例外に該当するか、慎重な判断を要することとなりそうです。

2 まとめ(民法改正による離婚後の共同親権)

令和6年5月に民法が改正され、改正前まで離婚後は父母いずれかの単独親権でしたが、民法改正が施行された後は(令和8年までに施行)、父母は離婚後も共同親権を選べるようになります。また、父母が不合意の場合であっても、裁判所の決定により、共同親権となる場合もあり得ます。従って、民法改正施行後については、父母の離婚後であっても、医療の現場においては、父母が共同親権か否かを確認し、共同親権の場合は、原則として、父母双方に説明・同意を得る必要が出てきます。 一方で、民法改正にあたり、「子の利益のため急迫の事情があるとき(DV・虐待からの避難、緊急の場合の医療等)」や、「監護及び教育に関する日常の行為(子の身の回りの世話等)」については、例外的に単独での親権の行使が可能な場合として明確化されます。さらに、政府は、民法改正の施行までに、子どもに関するどのような場面で、両親の同意が必要なのかについて具体的なケースをガイドラインで示すこととしています。大津地裁の裁判例においても、治療行為の緊急性がある場合や、侵襲を伴わない通常の診療治療(日常の行為)については、単独での親権行使が可能と述べていますので、同裁判例も方向性としては、同じもののように思われます。 上記のガイドラインをしっかりと確認し、医療機関は、父母双方の同意を得る必要があるか、慎重に検討する必要がありそうです。