No.171/DNARにつき、患者家族(キーパーソン)の同意があったか否かが争いとなった事案で、 医療機関側の主張が認められ、当該同意があったものと判断された事例 (横浜地裁平成31年3月6日判決)

No.171/2025.2.3発行
弁護士 永岡 亜也子

DNARにつき、患者家族(キーパーソン)の同意があったか否かが争いとなった事案で、
医療機関側の主張が認められ、当該同意があったものと判断された事例
(横浜地裁平成31年3月6日判決)

1 事案の概要

患者B(大正12年生まれの女性)は、平成19年ころ、G病院において重症の大動脈弁狭窄症を指摘されたが、年齢的にも手術を希望せず、保存的加療を受けることを選択した。 平成23年4月17日~23日、Bは大動脈弁狭窄症によるうっ血性心不全のため、Y病院に入院した。担当医は、同入院期間中、強心剤及び人工呼吸器を希望するが心臓マッサージを希望しないというBまたはX(Bの子)の希望を前提として、Bに対し、安静、酸素、降圧及び適宜利尿剤という治療計画を立てて治療した結果、Bの心不全がコントロールされ、退院となった。なお、同入院の際、担当医は、B及びXに対し、Bは重症の大動脈弁狭窄症と血圧上昇に伴い心不全の状態であること、根治的には外科手術しかないが年齢的に厳しく、保存的加療の方針であること、心不全を発症するような重症の大動脈弁狭窄症では平均余命は1年程度と言われていること、Bは高齢のために入院中に誤嚥性肺炎等の感染症や消化管出血等を合併するリスクが高くなること、心不全が改善してもADLの低下や認知症等が進行するリスクがあること及び失神や突然死の可能性があることを説明し、Xはこの説明について理解した。 平成25年2月14日~20日及び同年6月10日~18日、Bは大動脈弁狭窄症によるうっ血性心不全のため、Y病院に入院した。なお、前者の入院の際、担当医は、B及びXに対し、Bは重症の大動脈弁狭窄症の状態であり、以前から指摘されているが、高齢を考慮して手術はせず内服加療を行う方針となっていること及び平成23年4月の初発心不全から約2年間を経過しており、今後失神や突然死のリスクが高いと考えられることを説明し、B及びXはこの説明を理解した。 平成26年3月31日、Bは1週間前から呼吸困難が出現し、同日に呼吸困難が増悪したため、Y病院に緊急搬送され、緊急入院となった。Y2医師は、酸素3lを投与し、また、生理食塩液の点滴を持続投与して、心臓から押し出される血液の量を増やすという容量負荷及び脱水の補正を試みるとともに、さらに、血栓症のリスクを回避するために抗血液凝固剤の点滴を持続投与することとし、看護師を通じて、同年4月4日まで、Bに対し、これらの投与を継続した。 同年4月1日、Y2医師は、Bについて、高度脱水及び無尿のため、生理食塩液による負荷を継続するが、治療の限界であると判断した。同日、H医師はXに対し、「中心静脈カテーテル挿入術 説明・同意書」と題する書面を用いて、中心静脈栄養に係る中心静脈カテーテル挿入術の内容及びその危険性について説明をしたが、翌日、XはY2医師に対し、合併症を恐れて中心静脈栄養をしない旨を述べた。 同月3日、H医師は、Bについて、高度大動脈弁狭窄症によるうっ血性心不全及び中等度僧帽弁逆流を認めた。Xは、同日、H医師に対し、中心静脈栄養のことはよく考えてもらったのに申し訳ない旨伝えた。H医師は、Bについて、脱水があるため生理食塩液による負荷を行っているが、平成23年から高度大動脈弁狭窄症のうっ血性心不全を繰り返しており予後は望めないと判断し、また、Xが中心静脈栄養を希望しないため、生理食塩液及び抗血液凝固剤の投与を継続することとした。
Xは、同日、Y2医師に対し、合併症を恐れているため中心静脈栄養をしない旨伝えた。Y2医師は、Bの状態がさらに厳しくなったため、Xに対し、人工呼吸器を使用するには鎮静が必要であるが、鎮静剤を投与すると血圧低下により死期を早めるおそれがある上に、腎不全が改善しない今となっては適応も乏しいと思われる旨説明し、Xの同意を得て、挿管及び人工呼吸器を装着せず、救命処置を行わない方針(DNAR)とした。 同月4日、Bは午前10時頃までに、Xが病室から退室した上で、Y病院の看護師から、清拭を受けた。その後、午前10時過ぎに洞停止から心室細動となり、午前10時19分、呼吸停止、瞳孔固定及び心拍停止となった。

2 裁判所の判断(「救命処置の不実施に係る注意義務違反」について)

(1) Xは、Y2医師が、容体が急変した患者に対し、酸素供給を続けながら、強心剤及びその他必要な薬剤投与、人工呼吸、AEDや心臓マッサージ等の救命処置を迅速かつ適切に実施する義務を負っていたにもかかわらず、急変したBから、酸素マスク及び点滴を取り外し、XがBに対する救命処置を求めても、何らの救命処置を実施しなかったとして、Y2医師には注意義務違反がある旨主張する。 まず、Y2医師がBが死亡する前から酸素マスク及び点滴を取り外したことを裏付ける客観的な証拠はない。むしろ、Y病院の看護師等は、Bが死亡後に点滴を抜いた旨及びBが死亡するまで酸素を供給していた旨記憶していたことが認められる。 また、Bの診療記録上には、平成26年4月3日の記録として、「合併症こわいからIVHしない」と、Xが述べたことが記載されており、「人工呼吸器は鎮静が必要で鎮静剤を投与すると血圧低下により死期を早める恐れがある上に、腎不全が改善しない今となっては適応も乏しいと思われると息子に説明。挿管、人工呼吸器は行わない方針とした。」と記載され、これによれば、Xに説明をしつつ対応を決めていたことが認められるから、同日の「(急変時対応)心臓マッサージ、電気的除細動、気管挿管、人工呼吸器なし(BIPAPも含む)」との記録も、Xの同意のもとに決められた事項を記載したものと推認され、Xが救命処置を行わない方針(DNAR)に同意したものと認められる。Y2医師らが、Xの同意を得ずに救命処置を行わない方針(DNAR)を決める理由があったとは考えがたく、また、本件全証拠によっても診療記録が偽造又は改ざん等されたとは認められない。 そうすると、Xは、平成26年3月31日から同年4月3日までの間、Bが最初に心不全を発症してから約3年後となり、心不全を発症した場合の平均余命である2年を超え、また、Bの心不全の病態も悪化し、Bの突然死のリスクを認識するとともに、中心静脈栄養がなければBは栄養補給ができず、命にかかわる危険性があることを認識した上で、中心静脈栄養に同意せず、Bに対する人工呼吸器の装着も困難であることを踏まえた上で、救命処置を行わない方針(DNAR)に同意したと認めるのが合理的である。 したがって、Xの上記主張は採用できない。

(2) また、Xは、急変時に救命処置を行わない方針(DNAR)に同意しておらず、同意書がないことが、Xが同方針(DNAR)に同意していないことの証左であると主張する。 この点について、Y2医師本人は、Y病院において全例において救命処置を行わない方針(DNAR)の同意書を作成してもらう手続を採用しておらず、Y2医師はXに対して繰り返しBの病状を説明していつ急変してもおかしくないという話をしてXとの間で信頼関係があったために救命処置を行わない方針(DNAR)の同意書をXに作成してもらわなかった旨供述する。 Xは、Y2医師やH医師の説明を受けて、Bの病状及び突然死のリスクを十分に認識していたと認められるから、Y2医師本人の上記供述は信用できる。 したがって、X作成の救命処置を行わない方針(DNAR)の同意書がないことを前提にしても、Xは同方針(DNAR)に同意したと認められるから、Xの上記主張は採用できない。

(3) さらに、Xは、Y2医師に対し、できる限りの治療をBにしてくれるように頼み、心不全の治療薬や栄養剤の投与を頼み、生理食塩液の多量投与に強く懸念を感じたため、その中止を相談するとともに、Bの心臓に悪影響を及ぼしたら大変と考えてBに対する全身清拭の中止を要請し、Bの回復と延命を願っていたから、XがBの急変時に救命処置の不実施に同意をするはずがない旨主張する。 しかし、上述のとおり、Xは、平成26年3月31日から同年4月3日までの間、Bが最初に心不全を発症してから約3年後となり、心不全を発症した場合の平均余命である2年を超え、また、Bの心不全の病態も悪化し、Bの突然死のリスクを認識するとともに、中心静脈栄養がなければBは栄養補給ができず、命にかかわる危険性があることを認識した上で、中心静脈栄養に同意せず、Bに対する人工呼吸器の装着も困難であることを踏まえた上で、救命処置を行わない方針(DNAR)に同意したと認めるのが合理的である。 したがって、Xの上記主張は採用できない。 (4) 以上より、Y2医師は、Bが死亡する前に、Bから点滴を取り外しておらず、Bが死亡するまでBに酸素を供給しており、また、Xが救命処置を行わない方針(DNAR)に同意していたため、Bに対して救命処置を実施しなかったと認められるから、Y2医師に当時の医療水準に反する注意義務違反は認められない。

3 まとめ

本件事案は、DNARの同意の有無が争われた事案です。 本件事案では、DNARの同意書が作成されていませんでしたが、裁判所は、診療記録の記載に基づき、その同意があったものと認定しました。 判決文に表れている事実関係を前提とする限り、当該病院医師は、患者及びその家族に対して、都度都度、患者の病状説明や治療方法等についての説明を行い、その意思確認を行っていたように思われます。また、その際のやり取りを診療記録にきちんと記載していたことがうかがわれ、だからこそ、裁判所も、その診療記録の記載が信用できるものであると考え、医療機関が主張するとおり、DNARの同意があったとの認定をしたと考えられます。 DNAR指示については、平成28年12月16日に、一般社団法人日本集中治療医学会が「DNAR指示のあり方についての勧告」を公表しており、その中で、「DNAR指示に関わる合意形成は終末期医療ガイドラインに準じて行うべきである」との留意点が示されています。終末期医療ガイドラインでは、「人生の最終段階における医療・ケアの方針の決定手続」において、「本人や家族等が医療・ケアチームと話し合った内容は、その都度、文書にまとめておくものとする」ことが示されていますので、DNAR指示についても、その都度、診療記録に記載し、さらに、その同意書の作成を求めることが望ましいと考えられます。しかしながら、本判決では、同意書がなかったにもかかわらず、本人や家族等の意思確認の経過・内容が、診療記録にきちんと記載されていたことでその同意があったとの認定がなされており、診療記録の記載の重要性を再認識させられるものとなっています。 患者本人の意思を尊重した治療等方針の決定という観点からは、同意書の作成が重要であることは言うまでもないことですが、その意思決定・方針決定のプロセスを診療記録に書きとどめておくということもまた、非常に重要なことといえます。日ごろの診療記録の記載が、本人及びその家族とのやり取りを丁寧に記載したものとなっているかどうか、ぜひ振り返って点検してみてください。